2011.10.22 (Sat)
明日、オルフェーヴルが三冠に臨む
何ともいえぬほど暖かい10月下旬。暖かいのを通り越して気色悪い湿気を十分含んだ生温さ。夕方から雷混じりの激しい雨が降った京都南部地方。ことに京都の淀競馬場がある伏見区西部。ちょうど私の家から直線距離にして京都競馬場まで約4kmほどだから、我が家の周辺で雨が降っていたら競馬場でも同様の雨が降っていることが多いので、明日の朝まで如何ほどの雨が降るのか知らないが、此の雨が明日の菊花賞にどういった影響を及ぼすのか興味あるところである。
それにしても盛り上がらないな・・・・・・。経済の恒久的沈滞ムードがギャンブルにまで影を落としているのかもしれないが、6年前のディープインパクトが菊花賞を迎える前とは一転して盛り上がりに欠けすぎる。それはデビュー戦からいきなり衝撃的だった天才馬ディープインパクトと違って、オルフェーヴルの戦歴が余りにも地味だからだろうが・・・・・・。まさか皐月賞、ダービーと勝ち、神戸新聞杯まで勝ってクラシック三冠にオルフェーヴルが臨戦するとは正直なところ私も考えてなかったので無理もない。昨年の夏、新馬戦で勝ったものの2戦目の中山での芙蓉Sでは牝馬ホエールキャプチャに頸差で敗れているし、3戦目の重賞(京王杯2歳S)では10着(勝ち馬グランプリボス)に大敗している。年が明けて今年、シンザン記念では2着(勝ち馬レッドデイヴィス)、きさらぎ賞では3着(勝ち馬トーセンラー)と惜敗続き。この時点でまだ1勝馬だったのだ。それがスプリングSに勝ってからというものの、皐月賞、日本ダービー、神戸新聞杯と4連勝。勝ちっぷりも段々と安定してきたから、いよいよ三冠確実だという声が上がってきた。すると史上7頭目の三冠馬誕生か・・・・。
まてよ、過去、二冠馬で三冠を懸けて菊花賞に挑んだ過去の名馬たち・・・。クモノハナ、ボストニアン、コダマ、メイズイ、タニノムーティエ、ミホノブルボン、ネオユニヴァース、メイショウサムソン等は何れも三冠獲りに失敗。クモノハナはハイレコードに頭差で敗れ三冠を逸しているし、ボストニアンもダービー以降に成長したハクリョウに完敗している。またダービーまで無敗の7連勝だったコダマは秋緒戦に格下のフランケルに敗れたから調子を落とし菊花賞でもいいところのない5着。そして三冠確実と言われ記念のカップまで用意されていたメイズイの悪夢がある。メイズイはダービーで当時としては驚異的な2分28秒7で走破し2着のグレートヨルカに7馬身をつけ、秋緒戦のレースでも完勝。そして菊花賞に堂々の1番人気で出走。鞍上の森安重勝騎手も自信満々で「敵はレコードタイムだけ」と豪語した。こうしてスタートが切られたが、何とメイズイのハナを抑えて飛び出したのが差し馬のコウライオーだった。森安騎手は慌ててメイズイに気合を入れる。するとあっという間にコウライオーをかわしてメイズイが何時ものように先頭に立つ。こうして快速メイズイは快調に飛ばした。1週目のスタンド前から、1、2コーナー、向こう流しと後続を引き離して飛ばす飛ばす。スタンドの大観衆はメイズイの快速にため息を漏らした。これで三冠は確実だと誰もが思ったが・・・・・・・・・メイズイは3コーナーの坂の上りあたりから徐々に後続の集団に差を詰められてきた。3コーナーの坂の下りから後続が一気に接近。メイズイ危うし。でも観衆の誰もがメイズイは脚をためている。直線で再びスパートするとダービーと同様に差は開くと予想していたのだ。ところが直線に入るや、メイズイは寄れてしまい失速。グレートヨルカ、コウライオー、パスポートあたりが競り合う後続でもがいていた。三冠を期待して詰めかけた大観衆が信じられないと言った目で、ズルズル後退するメイズイに目をやった。メイズイは6着だった。だからメイズイでも三冠馬になれないのだから今後も三冠馬は出ないだろうと言われていた翌年にシンザンが登場して、23年ぶりに三冠馬になったという経緯がある。
でも、その後も三冠馬はなかなか出なかった。私が最も記憶にあるのはタニノムーティエである。ダービーまで何と15戦12勝2着2回という驚異的な戦歴。そのほとんどがムーティエ街道といわれた大外コースから進出して直線で驚異的な末脚で相手をなぎ倒してきた。当然、ダービーに勝った時点でシンザン以来の三冠馬と声が上がっていた。でも秋緒戦の朝日チャレンジCでよもやのシンガリ大敗。タニノムーティエに一体、何が起こったのか? ・・・・・のど鳴りという病気に罹っていたのである。結局、勝ち目のない菊花賞にタニノムーティエは出走してきた。このレースで引退をさせるという。そして最後の直線に入ろうというとき、タニノムーティエは何時ものように大外を通って好位に上がってくるのであった。この瞬間、ファンはどっと叫んだが。ここまでだった。直線で失速して11着に終わる。
その後、ヒカルイマイ、カブラヤオー、カツトップエースといった春の二冠馬が出たものの菊花賞の舞台にも立てなかった。そしてシンザンから19年後にミスターシービーがに三冠馬になったかと思ったら、翌年もシンボリルドルフが三冠馬になった。皮肉なものである。あれほど出現しなかった三冠馬が2年連続で出てくるなんて不思議なものである。この当時に競馬を始めた人は三冠馬はさほどの偉業とも思わなかったのでは・・・・・・・。
しかし、その後も三冠馬は簡単には出なかった。トウカイテイオーは無敗でダービーまでを制したが同レースで骨折していた。ミホノブルボンも無敗でダービーを制し、秋の京都新聞杯も勝ち、無敗で菊花賞に臨んだがステイヤーのライスシャワーに差され2着に終わり三冠を逸す。1994年、シンボリルドルフからちょうど10年後の年にナリタブライアンが史上5頭目の三冠馬に。
その後はサニーブライアンが皐月賞、ダービーを勝つが故障。今世紀になってネオユニヴァースが皐月賞、ダービーを勝つ。でもその後は生彩を欠き、菊花賞に出走したもののザッツザプレンティの3着に敗れる。こうして満を持して2005年にディープインパクトが現れあっさりと無敗の三冠馬となったのは記憶に新しいところであるが、その翌年に地味なタイプのメイショウサムソンが二冠馬となり菊花賞にも出きた。しかし、ソングオブウインドのレコード駆けの前に4着に敗れる。その後は、2冠馬の出現もないし、またダービーに勝ってもウオッカ、デイープスカイ、ロジユニヴァース、エイシンフラッシュのように菊花賞に出てこないといったことが慣習化してしまい、菊花賞の質そのものが問われだしたりしている。でも、今回、三冠を懸けてオルフェーヴルが菊花賞に出てくることは昨今では珍しく有難いことである。これで久々、熱い菊花賞になりそうだ。
ところで私は、過去、三冠馬出現の瞬間をほとんど京都競馬場に行って観ている。ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト。しかし、明日はおそらくテレビ観戦になるだろうと思う。私も若くなくなってきたので、人混みにまみれて競馬を観る体力が失われてきた。翌日が休みならばいいが、翌日も早朝に起きて出勤しなくてはならない。だから競馬場に行って立ち続けると翌日からの仕事に差し支えるからなのだが、若い時なら必ず競馬場に行っていただろう。本当に若いというのは羨ましい。
さあ、結果は如何に。発走は明日の午後3時40分である。
ナリタブライアンが三冠を達成した菊花賞
それにしても盛り上がらないな・・・・・・。経済の恒久的沈滞ムードがギャンブルにまで影を落としているのかもしれないが、6年前のディープインパクトが菊花賞を迎える前とは一転して盛り上がりに欠けすぎる。それはデビュー戦からいきなり衝撃的だった天才馬ディープインパクトと違って、オルフェーヴルの戦歴が余りにも地味だからだろうが・・・・・・。まさか皐月賞、ダービーと勝ち、神戸新聞杯まで勝ってクラシック三冠にオルフェーヴルが臨戦するとは正直なところ私も考えてなかったので無理もない。昨年の夏、新馬戦で勝ったものの2戦目の中山での芙蓉Sでは牝馬ホエールキャプチャに頸差で敗れているし、3戦目の重賞(京王杯2歳S)では10着(勝ち馬グランプリボス)に大敗している。年が明けて今年、シンザン記念では2着(勝ち馬レッドデイヴィス)、きさらぎ賞では3着(勝ち馬トーセンラー)と惜敗続き。この時点でまだ1勝馬だったのだ。それがスプリングSに勝ってからというものの、皐月賞、日本ダービー、神戸新聞杯と4連勝。勝ちっぷりも段々と安定してきたから、いよいよ三冠確実だという声が上がってきた。すると史上7頭目の三冠馬誕生か・・・・。
まてよ、過去、二冠馬で三冠を懸けて菊花賞に挑んだ過去の名馬たち・・・。クモノハナ、ボストニアン、コダマ、メイズイ、タニノムーティエ、ミホノブルボン、ネオユニヴァース、メイショウサムソン等は何れも三冠獲りに失敗。クモノハナはハイレコードに頭差で敗れ三冠を逸しているし、ボストニアンもダービー以降に成長したハクリョウに完敗している。またダービーまで無敗の7連勝だったコダマは秋緒戦に格下のフランケルに敗れたから調子を落とし菊花賞でもいいところのない5着。そして三冠確実と言われ記念のカップまで用意されていたメイズイの悪夢がある。メイズイはダービーで当時としては驚異的な2分28秒7で走破し2着のグレートヨルカに7馬身をつけ、秋緒戦のレースでも完勝。そして菊花賞に堂々の1番人気で出走。鞍上の森安重勝騎手も自信満々で「敵はレコードタイムだけ」と豪語した。こうしてスタートが切られたが、何とメイズイのハナを抑えて飛び出したのが差し馬のコウライオーだった。森安騎手は慌ててメイズイに気合を入れる。するとあっという間にコウライオーをかわしてメイズイが何時ものように先頭に立つ。こうして快速メイズイは快調に飛ばした。1週目のスタンド前から、1、2コーナー、向こう流しと後続を引き離して飛ばす飛ばす。スタンドの大観衆はメイズイの快速にため息を漏らした。これで三冠は確実だと誰もが思ったが・・・・・・・・・メイズイは3コーナーの坂の上りあたりから徐々に後続の集団に差を詰められてきた。3コーナーの坂の下りから後続が一気に接近。メイズイ危うし。でも観衆の誰もがメイズイは脚をためている。直線で再びスパートするとダービーと同様に差は開くと予想していたのだ。ところが直線に入るや、メイズイは寄れてしまい失速。グレートヨルカ、コウライオー、パスポートあたりが競り合う後続でもがいていた。三冠を期待して詰めかけた大観衆が信じられないと言った目で、ズルズル後退するメイズイに目をやった。メイズイは6着だった。だからメイズイでも三冠馬になれないのだから今後も三冠馬は出ないだろうと言われていた翌年にシンザンが登場して、23年ぶりに三冠馬になったという経緯がある。
でも、その後も三冠馬はなかなか出なかった。私が最も記憶にあるのはタニノムーティエである。ダービーまで何と15戦12勝2着2回という驚異的な戦歴。そのほとんどがムーティエ街道といわれた大外コースから進出して直線で驚異的な末脚で相手をなぎ倒してきた。当然、ダービーに勝った時点でシンザン以来の三冠馬と声が上がっていた。でも秋緒戦の朝日チャレンジCでよもやのシンガリ大敗。タニノムーティエに一体、何が起こったのか? ・・・・・のど鳴りという病気に罹っていたのである。結局、勝ち目のない菊花賞にタニノムーティエは出走してきた。このレースで引退をさせるという。そして最後の直線に入ろうというとき、タニノムーティエは何時ものように大外を通って好位に上がってくるのであった。この瞬間、ファンはどっと叫んだが。ここまでだった。直線で失速して11着に終わる。
その後、ヒカルイマイ、カブラヤオー、カツトップエースといった春の二冠馬が出たものの菊花賞の舞台にも立てなかった。そしてシンザンから19年後にミスターシービーがに三冠馬になったかと思ったら、翌年もシンボリルドルフが三冠馬になった。皮肉なものである。あれほど出現しなかった三冠馬が2年連続で出てくるなんて不思議なものである。この当時に競馬を始めた人は三冠馬はさほどの偉業とも思わなかったのでは・・・・・・・。
しかし、その後も三冠馬は簡単には出なかった。トウカイテイオーは無敗でダービーまでを制したが同レースで骨折していた。ミホノブルボンも無敗でダービーを制し、秋の京都新聞杯も勝ち、無敗で菊花賞に臨んだがステイヤーのライスシャワーに差され2着に終わり三冠を逸す。1994年、シンボリルドルフからちょうど10年後の年にナリタブライアンが史上5頭目の三冠馬に。
その後はサニーブライアンが皐月賞、ダービーを勝つが故障。今世紀になってネオユニヴァースが皐月賞、ダービーを勝つ。でもその後は生彩を欠き、菊花賞に出走したもののザッツザプレンティの3着に敗れる。こうして満を持して2005年にディープインパクトが現れあっさりと無敗の三冠馬となったのは記憶に新しいところであるが、その翌年に地味なタイプのメイショウサムソンが二冠馬となり菊花賞にも出きた。しかし、ソングオブウインドのレコード駆けの前に4着に敗れる。その後は、2冠馬の出現もないし、またダービーに勝ってもウオッカ、デイープスカイ、ロジユニヴァース、エイシンフラッシュのように菊花賞に出てこないといったことが慣習化してしまい、菊花賞の質そのものが問われだしたりしている。でも、今回、三冠を懸けてオルフェーヴルが菊花賞に出てくることは昨今では珍しく有難いことである。これで久々、熱い菊花賞になりそうだ。
ところで私は、過去、三冠馬出現の瞬間をほとんど京都競馬場に行って観ている。ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト。しかし、明日はおそらくテレビ観戦になるだろうと思う。私も若くなくなってきたので、人混みにまみれて競馬を観る体力が失われてきた。翌日が休みならばいいが、翌日も早朝に起きて出勤しなくてはならない。だから競馬場に行って立ち続けると翌日からの仕事に差し支えるからなのだが、若い時なら必ず競馬場に行っていただろう。本当に若いというのは羨ましい。
さあ、結果は如何に。発走は明日の午後3時40分である。
ナリタブライアンが三冠を達成した菊花賞
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