2015.08.30 (Sun)
久しぶりの更新
二週間ぶりの更新になるかな。最近はPCの調子が悪く記事を書いたものの途中で記事が消えてしまい書く気が失せた。なので久しぶりの更新になる。それにしても暑いな。今日は昨晩からの雨で少しは気温は下がったが、それでも30℃近くあるし、昨日などは湿気があるのに気温も30℃を超えていて異様なほど蒸し暑かった。一昨日は34℃ほどありとんでもない残暑に参っている。その間、東京の方は気温が20℃から22℃ほどで推移し10月の気温だというから羨ましい限りだ。なんで関西はこんなに暑いのか。毎日、32℃~33℃あって暑さにへばっている状態だ。
でもまだ8月だからしょうがないというのもあるが、今年の前半は世界的視野で見ても観測史上もっとも気温が高いと言われているから、なにも日本だけの話ではないらしい。世界中で異常気象が起こっているが、50年後の地球はいったどうなっているのやら想像すると怖くもある。
今日は朝から激しい雨が降ったかと思うと長いことは続かず、すぐに雨が上がる。こんんな状態が続いていて蒸し暑くて蒸し暑くて家の中にいると汗がひたすら出てくる。したがってエアコンを入れなくてはならない。やはり湿度が高いと不快な感じがする。室内の湿度計は71%もある。気温は27.3℃だからさほど気温が上がっているというのでもないが、エアコンを入れなくてはとてもじゃないがくつろげるものではない。まだ午前中なのだが外は曇っていて雨が降ったりやんだり、でも時々日が射すから気温も午後から上昇するだろう。たぶん。
さて、この8月は暑いから何にも行動を起こさなかったし何にもやる気が起こらなかった。とにかく暑いとだれてくる。毎年のことだが夏は大嫌いなので、出来る限り涼しいところにいて体力を消耗しないようにしているのだが、外出もしないと行けないし、外出したらもう全身汗だらけ。もう気持ちが悪くてどうにもならない。身体に服がへばりつく。水をこまめに摂るがすぐに汗となって水分が失われる。毎日、これだから夏は何にもする気が起こらなくなる。まず思考力が湧かないからな。なので早く涼しくならないかと毎年、秋が来るのを心待ちしているというのが何時ものことである。
でもまだ8月だからしょうがないというのもあるが、今年の前半は世界的視野で見ても観測史上もっとも気温が高いと言われているから、なにも日本だけの話ではないらしい。世界中で異常気象が起こっているが、50年後の地球はいったどうなっているのやら想像すると怖くもある。
今日は朝から激しい雨が降ったかと思うと長いことは続かず、すぐに雨が上がる。こんんな状態が続いていて蒸し暑くて蒸し暑くて家の中にいると汗がひたすら出てくる。したがってエアコンを入れなくてはならない。やはり湿度が高いと不快な感じがする。室内の湿度計は71%もある。気温は27.3℃だからさほど気温が上がっているというのでもないが、エアコンを入れなくてはとてもじゃないがくつろげるものではない。まだ午前中なのだが外は曇っていて雨が降ったりやんだり、でも時々日が射すから気温も午後から上昇するだろう。たぶん。
さて、この8月は暑いから何にも行動を起こさなかったし何にもやる気が起こらなかった。とにかく暑いとだれてくる。毎年のことだが夏は大嫌いなので、出来る限り涼しいところにいて体力を消耗しないようにしているのだが、外出もしないと行けないし、外出したらもう全身汗だらけ。もう気持ちが悪くてどうにもならない。身体に服がへばりつく。水をこまめに摂るがすぐに汗となって水分が失われる。毎日、これだから夏は何にもする気が起こらなくなる。まず思考力が湧かないからな。なので早く涼しくならないかと毎年、秋が来るのを心待ちしているというのが何時ものことである。
2015.08.16 (Sun)
お盆も終わりますが・・・・・・
8月16日、今日で盆休みも終わりと言うことだが、昨日は戦後70年と言うことでテレビ各局がその報道特別番組を終始掘り下げて放映していて思わず観てしまった。
毎年8月15日はやってくるのだが、戦後70年と言うとなんか格別な響きがある。もう戦後生まれの最初の世代は70歳になってしまうのだ。つまり戦争の記憶が世の人々から段々と風化して行く。そんな中で集団的自衛権が行使されようとしている。はたして、この法案が通ってしまう有事の際、どうなるかをよくよく考えてみないといけない。もし最悪のことが起こりうると、若者は戦場へ行かなくてはならないのだ。そのことを国民は深く考えて欲しい。ところで私の親は戦争体験者であるが、母の父は日清、日露の戦争に加わった元軍人である。もっとも私の母は両親が歳とってから生まれているので、戦前に他界している。したがって祖父祖母を私は知らない。
それで思うこと。日清、日露戦争なんて遥か明治時代の遠い彼方の時代だからと思いがちなのだが、私の両親は太平洋戦争を体験している。そして祖父は日清、日露戦争に参戦し清国まで行っている。つまりこうして考えてみると身近な時代に起こった大きな出来事だということと、明治から昭和20年まで日本は戦乱の中にあったということ。それを考えると1945年~2015年の間の70年間の日本と言う国を考えた場合、奇跡的に平和で在り続けたものだということ。これは有難いことだと思う。
ただこれも自ら勝ち取った平和ではなく敗戦という結果、与えられた平和であったという現実。もし一億玉砕なんていうことが起こっていたら、今の日本はいったいどうなっているやら。もし日本がドイツや朝鮮のように分割されていたならと考えることがある。そして、あの戦争を何故、やらなくてはならなかったのか。まあ、色々と考えるところはある。でも今日は述べるのは避ける。ただ、これは太平洋戦争だけではなく、その前から伏線があって、太平洋戦争に突入したということ。もっと突き詰めれば明治維新から始まったということかもしれない。今後、日本が平和で在り続けられるのかどうか、それも判らない。全てが闇の中の闇であって何ら平和の保障もない。もう、これは人類の愚かさを如実に表しているかもしれないが、世界の歴史なんて戦乱の歴史と言ってもいい。世界のどこかで必ず起こって来た。今後も避けられないかもしれない。そこに今後、日本が巻き込まれるか巻きこまれないか誰も判らない。世界の情勢は絶えず変化し続け、何が起こっても不思議ではない。
今年、戦後70年だということで節目の年だと言われる。そして、あの戦争を振り返る番組が流される。ただ3年8ヶ月の戦争だと言うけれど、実際には日中戦争から含めると8年にも及ぶ。またそれ以前から含めると何年戦を続けていたのやら。もっと大局的に見ると黒船来航から西洋列強の脅威に晒され、軍備増強を続けざるを得なかった結果、行きつくところへ行ってしまったのかもしれない。ただ私は先の戦争のことを安易に語りたくない。実際には戦争体験者に聞くだけだし何にも知らないからだ。ここで思うのは、これから先、私は生きている限り平和を維持するためには努力はせねばならない。そのためには日本の近代史、世界の近代史をもっともっと勉強する必要があると思う。何故、日本は戦争まで行ってしまったのか。究極の選択として当時の日本は何故に戦争を選んでしまったのか。判らないことがあり過ぎる。今後、死ぬまでにどれだけのことが知り得るかわからないが、出来る限り学んで行こうと思う。何処までたどり着けるかわからないが。まあ大したことはできないが。
毎年8月15日はやってくるのだが、戦後70年と言うとなんか格別な響きがある。もう戦後生まれの最初の世代は70歳になってしまうのだ。つまり戦争の記憶が世の人々から段々と風化して行く。そんな中で集団的自衛権が行使されようとしている。はたして、この法案が通ってしまう有事の際、どうなるかをよくよく考えてみないといけない。もし最悪のことが起こりうると、若者は戦場へ行かなくてはならないのだ。そのことを国民は深く考えて欲しい。ところで私の親は戦争体験者であるが、母の父は日清、日露の戦争に加わった元軍人である。もっとも私の母は両親が歳とってから生まれているので、戦前に他界している。したがって祖父祖母を私は知らない。
それで思うこと。日清、日露戦争なんて遥か明治時代の遠い彼方の時代だからと思いがちなのだが、私の両親は太平洋戦争を体験している。そして祖父は日清、日露戦争に参戦し清国まで行っている。つまりこうして考えてみると身近な時代に起こった大きな出来事だということと、明治から昭和20年まで日本は戦乱の中にあったということ。それを考えると1945年~2015年の間の70年間の日本と言う国を考えた場合、奇跡的に平和で在り続けたものだということ。これは有難いことだと思う。
ただこれも自ら勝ち取った平和ではなく敗戦という結果、与えられた平和であったという現実。もし一億玉砕なんていうことが起こっていたら、今の日本はいったいどうなっているやら。もし日本がドイツや朝鮮のように分割されていたならと考えることがある。そして、あの戦争を何故、やらなくてはならなかったのか。まあ、色々と考えるところはある。でも今日は述べるのは避ける。ただ、これは太平洋戦争だけではなく、その前から伏線があって、太平洋戦争に突入したということ。もっと突き詰めれば明治維新から始まったということかもしれない。今後、日本が平和で在り続けられるのかどうか、それも判らない。全てが闇の中の闇であって何ら平和の保障もない。もう、これは人類の愚かさを如実に表しているかもしれないが、世界の歴史なんて戦乱の歴史と言ってもいい。世界のどこかで必ず起こって来た。今後も避けられないかもしれない。そこに今後、日本が巻き込まれるか巻きこまれないか誰も判らない。世界の情勢は絶えず変化し続け、何が起こっても不思議ではない。
今年、戦後70年だということで節目の年だと言われる。そして、あの戦争を振り返る番組が流される。ただ3年8ヶ月の戦争だと言うけれど、実際には日中戦争から含めると8年にも及ぶ。またそれ以前から含めると何年戦を続けていたのやら。もっと大局的に見ると黒船来航から西洋列強の脅威に晒され、軍備増強を続けざるを得なかった結果、行きつくところへ行ってしまったのかもしれない。ただ私は先の戦争のことを安易に語りたくない。実際には戦争体験者に聞くだけだし何にも知らないからだ。ここで思うのは、これから先、私は生きている限り平和を維持するためには努力はせねばならない。そのためには日本の近代史、世界の近代史をもっともっと勉強する必要があると思う。何故、日本は戦争まで行ってしまったのか。究極の選択として当時の日本は何故に戦争を選んでしまったのか。判らないことがあり過ぎる。今後、死ぬまでにどれだけのことが知り得るかわからないが、出来る限り学んで行こうと思う。何処までたどり着けるかわからないが。まあ大したことはできないが。
2015.08.09 (Sun)
毎日、暑いというしかない
もう毎日、37℃以上で何日続いているのやら。毎年夏は暑いのだが、今年は気温が異様に高い。面白いことに北海道でも37℃を突破したというから、何にも西日本だけのことではなく、北日本でも暑いのだ。いったいどうなっているのやら。こういったことで日本で一番涼しいのは沖縄だったというから大笑いである。沖縄は寒くはならないが、かといって周囲が海に囲まれているからなのか、極端に気温が上がらない。つまらい年間を通して気温が高いということ。先日は日本列島で35℃を超えてないのが沖縄だったという現象が起こった。もしかしたら、これから夏に避暑へ行くとしたら沖縄に行くということになるかもしれない。とにかくこの気温になってくると2階なんかは屋根が焼けて暑いうえに南から差す陽光が強すぎる。したがって室内気温が35℃を軽く超えるので、エアコンを入れてもなかなか効かないので汗がタラタラと出てくる。まことに不快極まりない。先日、グァム島に行って奴と出会ったとき彼がぼやいていた。グァム島より日本の方が暑いと。
間違いなく今の日本は亜熱帯気候だ。それも夏と言える期間がだんだんと長くなっている。考えてみると小生が子供頃というのはエアコンなんて家庭になかったのだが我慢できたのだ。おまけに蚊帳を吊ってその中で寝ていたのだ。つまり当時と比べると遥かに暑くなっている。ヒートアイランド現象で街の中の気温が上昇している。道路と言う道路はアスファルト。家も昔に比べると密集しているしどうしようもない。昔は打ち水と言って水を巻いていると気温が明らかに下がっていたのだが、外がアスファルトでは意味がない。
地表温度がかなり高くなっているのだろう。これでは気温が年々、上昇するわけだ。もう夏の間はひたすら涼を求めてといいたいものの、何処へ行っても暑い。電車の中でもあまり冷房が効いてない。節電のため28℃に抑えているからひんやりとはしないので、汗がなかなかひかない。家にいても暑いし外に出ても暑い。ただ耐えるしかない。早く8月が去ってくれないものかな。まだ盆の前だけど。
間違いなく今の日本は亜熱帯気候だ。それも夏と言える期間がだんだんと長くなっている。考えてみると小生が子供頃というのはエアコンなんて家庭になかったのだが我慢できたのだ。おまけに蚊帳を吊ってその中で寝ていたのだ。つまり当時と比べると遥かに暑くなっている。ヒートアイランド現象で街の中の気温が上昇している。道路と言う道路はアスファルト。家も昔に比べると密集しているしどうしようもない。昔は打ち水と言って水を巻いていると気温が明らかに下がっていたのだが、外がアスファルトでは意味がない。
地表温度がかなり高くなっているのだろう。これでは気温が年々、上昇するわけだ。もう夏の間はひたすら涼を求めてといいたいものの、何処へ行っても暑い。電車の中でもあまり冷房が効いてない。節電のため28℃に抑えているからひんやりとはしないので、汗がなかなかひかない。家にいても暑いし外に出ても暑い。ただ耐えるしかない。早く8月が去ってくれないものかな。まだ盆の前だけど。
2015.08.02 (Sun)
熱射地獄
このところ暑くて暑くて何にもやる気が起こらない。家の中にいてエアコンを入れてもあまり涼しくならない。なにしろ異常高温注意報なるものが発令されていた。今年の夏は当初、エルニーニョ現象の影響であまり暑くはならないかも? といってたが、台風が一度に四つも発生した辺りからすっかりおかしくなり、逆に異様な暑さになっている。昨日は京都で38.5℃を記録した。岐阜県の多治見では39.9℃と全国最高になったが、此処は何時ものこと。フェーン現象が起きて熱風が吹くから突然としてこのような記録的な気温になる。だが、京都の場合は盆地でフェーン現象でもなくただ無風で気温だけが常に暑い。よくこんなところに昔の人は都を築いたものだが、今ほどは暑くなかったのだろう。地球温暖化と言われて久しいが、なんか年々、暑くなっている気がしないでもない。三方が山に囲まれているから防御的にも都合が良かったということなのだろう。つまり外敵から守ることを念頭にして街が造られていたのだろう。それが中世以降になると海側に街を作るというのが当たり前になって来たが、これは交易を行うということで街が発展するということだ。だから大阪や江戸は海に面している。だが京都や奈良は内陸の盆地にある。1000以上前の都と言うのはそういった考えがなかったのかも。だkら内陸の盆地にある街と言うのはとにかく海風も吹かないし、とにかく気温が上がって熱い。されに現在ではヒートアイランド現象で余計に暑い。もう電力不足だから省エネだと言ってられない。エアコンなしではとても過ごせるものではない。空調が効いてない室内だと間違いなく熱中症になりそうだ。背に腹は代えられない。でもやっと8月になったところなのだが、この先、1ヶ月以上は確実に暑い。毎年、この季節になると憂鬱になるのだが、とにかく9月が待ち遠しくて早くもへたり込んでいる。
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