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2011.10.28 (Fri)

風邪をひいた

 ようやく目の充血が治癒してきたと思ったら今週になってから風邪をひいてしまい、またも体調が悪化。熱はないが喉がいがらっぽくて痒い。それに咳がよく出るし鼻水がズルズルを出てくるので今日だけでティッシュペーパーを1箱使ってしまった。

 厄年でもないけれどなんか今年は色々と病気とのお付き合いが多くて困る。そろそろそのような歳になったのかもしれないが、学生時代の友人が亡くなったとの通知の葉書を時々貰うとがっくり来る。何れは我が身だろうが、もう人生の折り返しを過ぎってしまった。でも出来る限り長生きをしたいもので、これからは健康にも気を配りたいものなのだが、こうも体調を崩すと自分ながら情けなくなってくる。

 ぼやいてもしょうがないので、これ以上は書かないが、あと30年は健康に生きたいと思うので、これからは早寝早起き、質素な食事と規則正しい生活を送ろうと思うが、実はこれが一番難しいように思う。でも出来る限り暴飲暴食を控え、酒は嗜む程度にといいたいが・・・・・守れそうもなさそうだ。
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2011.10.23 (Sun)

第72回菊花賞

 今日、第72回菊花賞が曇天の京都競馬場で行われた。それで、まず結果から言おう。オルフェーヴルが史上7頭目の三冠馬の栄冠に輝いた。まさに横綱相撲だった。ディープインパクトの時のようにハラハラドキドキではなくて、ナリタブライアンの時のように早目に好位置に上がり直線入り口でスパートするやあっという間に抜け出した。最後にシンガリから猛追した対抗馬のウインバリアシオンを2馬身1/2差に退けて危なげない完勝だった。

今回の菊花賞。スタートから澱みのないペースでレースが展開された。スタートから当初はサンビームがハナを奪うが正面スタンド前からフレールジャックが先頭を奪う。さらに向こう正面ではロッカヴェラーノが先頭に立つという忙しさであるが、各馬に差がなく大逃げをうっているのでもないのに、ペースは淡々としてそれも速い。スタートから12.7---12.2---12.0---12.0---11.7のラップで1000m通過が1分00秒6、さらに12.3---12.7---12.6---12.4---12.1で2000m通過が2分02秒7とこの間の1000mもペースがさほど落ちていない。それでいて最後の1000mは12.9---12.1---11.5---11.6---12.0と1分00秒1。ハロンラップで一度も13秒台がないという速いラップでの平均ペース。このペースの中団につけて引っかかることもなく3コーナーから徐々に好位置へ上がっていき、坂の下りで5番手から6番手、直線の入り口では外側の3番手。ここから一気に抜けて行った。もうあと1ハロンというところで三冠が確定したようなものだった。勝ち時計もソングオブウインドが持っている3分02秒7の菊花賞レコードと僅か0.1秒遅いだけ。あのときはアドマイヤメインがハイペースで引き離して逃げたが、今回は淡々とした流れでこの時計。いや驚いた。

 1着オルフェーヴル 3分02秒8、2着ウインバリアシオン 2馬身1/2、3着トーセンラー 1馬身3/4、4着ハーバーコマンド クビ、5着サダムパテック 1馬身1/2。

 とにかく強かった。2歳の時から気性に難があって、新潟の新馬戦で勝ったものの池添騎手と振り落としている。せれが出世の妨げになっていたようだが、全兄のドリームジャーニーと比較すると馬格には恵まれていた(といっても中格馬だが)。兄も末脚が切れるタイプで有馬記念と宝塚記念の両グランプリを制した一流馬だったが、とにかく馬格がなく馬ごみに入れると力が発揮できなかった。それがオルフェーヴルはダービーの時に見せたように、ナカヤマナイトと接触しながらも馬群を突き破る闘争心がある。見事である。ここまでオルフェーヴルが強くなるとはよもや思わなかった。今後も楽しみである。

 父はステイゴールド、母はオリエンタルアート、母の父メジロマックイーン。なんと父も母も完全な内国産である。日本の競馬もやっと外国差に頼らなくても強い馬が出せるようになってきたようだ。ステイゴールドは1997年の菊花賞で8着(勝ち馬マチカネフクキタル)だったが、その後にドバイのシーマクラシック(当時G-Ⅱ)に勝ったり、香港ヴァーズ(G-Ⅰ)にも勝ったりするなど国際舞台で活躍した競走馬。管理した調教師も池江泰郎と今回のオルフェーヴルの調教師池江泰寿とは親子関係にあり、メジロマックイーンも池江泰郎厩舎だったことを考えれば、まさにオルフェーヴルは池江ファミリー一色で築いた三冠だったといえよう。それにしても6年前のディープインパクトも池江泰郎厩舎だったが、オルフェーヴルはその息子の池江泰寿厩舎。実に親子で三冠馬を出したとはお見事というしかない。またついでに言うならば、あのオグリキャップは所属こそ瀬戸口厩舎だったが、担当厩務員は池江泰郎の実兄である池江敏郎だった。まあ、実に名馬が生まれるファミリーではある。

 ところでオルフェーヴルであるが真価が問われるのは今後である。三冠達成後尻すぼみに終わったミスターシービーやナリタブライアンのようにならずに、その後、さらに勝ち続け評価がますます上がっていったシンザンやシンボルルドルフ、ディープインパクトのようになってもらいたいと思う。とにかくオルフェーヴルの一年上にはヴィクトワールピサ、ローズキングダム、エイシンフラッシュ、ヒルノダムールといった強豪が構えているので、これ等と戦ってどのような戦績を挙げるか、それは誰にもわからない。この馬の評価をするのはそれからでも遅くはない。最後にオルフェーヴルという名前であるが、フランス語でOrfevre。金細工師という意味らしい。何はともあれ三冠馬が冠馬名でなく良かったといっておこう。私はミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアンが好きになれないのは、その馬名のせいでもあるのだが・・・・・・・・。

EDIT  |  16:50  |  競馬(国内レース)  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2011.10.22 (Sat)

明日、オルフェーヴルが三冠に臨む

 何ともいえぬほど暖かい10月下旬。暖かいのを通り越して気色悪い湿気を十分含んだ生温さ。夕方から雷混じりの激しい雨が降った京都南部地方。ことに京都の淀競馬場がある伏見区西部。ちょうど私の家から直線距離にして京都競馬場まで約4kmほどだから、我が家の周辺で雨が降っていたら競馬場でも同様の雨が降っていることが多いので、明日の朝まで如何ほどの雨が降るのか知らないが、此の雨が明日の菊花賞にどういった影響を及ぼすのか興味あるところである。

 それにしても盛り上がらないな・・・・・・。経済の恒久的沈滞ムードがギャンブルにまで影を落としているのかもしれないが、6年前のディープインパクトが菊花賞を迎える前とは一転して盛り上がりに欠けすぎる。それはデビュー戦からいきなり衝撃的だった天才馬ディープインパクトと違って、オルフェーヴルの戦歴が余りにも地味だからだろうが・・・・・・。まさか皐月賞、ダービーと勝ち、神戸新聞杯まで勝ってクラシック三冠にオルフェーヴルが臨戦するとは正直なところ私も考えてなかったので無理もない。昨年の夏、新馬戦で勝ったものの2戦目の中山での芙蓉Sでは牝馬ホエールキャプチャに頸差で敗れているし、3戦目の重賞(京王杯2歳S)では10着(勝ち馬グランプリボス)に大敗している。年が明けて今年、シンザン記念では2着(勝ち馬レッドデイヴィス)、きさらぎ賞では3着(勝ち馬トーセンラー)と惜敗続き。この時点でまだ1勝馬だったのだ。それがスプリングSに勝ってからというものの、皐月賞、日本ダービー、神戸新聞杯と4連勝。勝ちっぷりも段々と安定してきたから、いよいよ三冠確実だという声が上がってきた。すると史上7頭目の三冠馬誕生か・・・・。

 まてよ、過去、二冠馬で三冠を懸けて菊花賞に挑んだ過去の名馬たち・・・。クモノハナ、ボストニアン、コダマ、メイズイ、タニノムーティエ、ミホノブルボン、ネオユニヴァース、メイショウサムソン等は何れも三冠獲りに失敗。クモノハナはハイレコードに頭差で敗れ三冠を逸しているし、ボストニアンもダービー以降に成長したハクリョウに完敗している。またダービーまで無敗の7連勝だったコダマは秋緒戦に格下のフランケルに敗れたから調子を落とし菊花賞でもいいところのない5着。そして三冠確実と言われ記念のカップまで用意されていたメイズイの悪夢がある。メイズイはダービーで当時としては驚異的な2分28秒7で走破し2着のグレートヨルカに7馬身をつけ、秋緒戦のレースでも完勝。そして菊花賞に堂々の1番人気で出走。鞍上の森安重勝騎手も自信満々で「敵はレコードタイムだけ」と豪語した。こうしてスタートが切られたが、何とメイズイのハナを抑えて飛び出したのが差し馬のコウライオーだった。森安騎手は慌ててメイズイに気合を入れる。するとあっという間にコウライオーをかわしてメイズイが何時ものように先頭に立つ。こうして快速メイズイは快調に飛ばした。1週目のスタンド前から、1、2コーナー、向こう流しと後続を引き離して飛ばす飛ばす。スタンドの大観衆はメイズイの快速にため息を漏らした。これで三冠は確実だと誰もが思ったが・・・・・・・・・メイズイは3コーナーの坂の上りあたりから徐々に後続の集団に差を詰められてきた。3コーナーの坂の下りから後続が一気に接近。メイズイ危うし。でも観衆の誰もがメイズイは脚をためている。直線で再びスパートするとダービーと同様に差は開くと予想していたのだ。ところが直線に入るや、メイズイは寄れてしまい失速。グレートヨルカ、コウライオー、パスポートあたりが競り合う後続でもがいていた。三冠を期待して詰めかけた大観衆が信じられないと言った目で、ズルズル後退するメイズイに目をやった。メイズイは6着だった。だからメイズイでも三冠馬になれないのだから今後も三冠馬は出ないだろうと言われていた翌年にシンザンが登場して、23年ぶりに三冠馬になったという経緯がある。

 でも、その後も三冠馬はなかなか出なかった。私が最も記憶にあるのはタニノムーティエである。ダービーまで何と15戦12勝2着2回という驚異的な戦歴。そのほとんどがムーティエ街道といわれた大外コースから進出して直線で驚異的な末脚で相手をなぎ倒してきた。当然、ダービーに勝った時点でシンザン以来の三冠馬と声が上がっていた。でも秋緒戦の朝日チャレンジCでよもやのシンガリ大敗。タニノムーティエに一体、何が起こったのか? ・・・・・のど鳴りという病気に罹っていたのである。結局、勝ち目のない菊花賞にタニノムーティエは出走してきた。このレースで引退をさせるという。そして最後の直線に入ろうというとき、タニノムーティエは何時ものように大外を通って好位に上がってくるのであった。この瞬間、ファンはどっと叫んだが。ここまでだった。直線で失速して11着に終わる。

 その後、ヒカルイマイ、カブラヤオー、カツトップエースといった春の二冠馬が出たものの菊花賞の舞台にも立てなかった。そしてシンザンから19年後にミスターシービーがに三冠馬になったかと思ったら、翌年もシンボリルドルフが三冠馬になった。皮肉なものである。あれほど出現しなかった三冠馬が2年連続で出てくるなんて不思議なものである。この当時に競馬を始めた人は三冠馬はさほどの偉業とも思わなかったのでは・・・・・・・。

 しかし、その後も三冠馬は簡単には出なかった。トウカイテイオーは無敗でダービーまでを制したが同レースで骨折していた。ミホノブルボンも無敗でダービーを制し、秋の京都新聞杯も勝ち、無敗で菊花賞に臨んだがステイヤーのライスシャワーに差され2着に終わり三冠を逸す。1994年、シンボリルドルフからちょうど10年後の年にナリタブライアンが史上5頭目の三冠馬に。

 その後はサニーブライアンが皐月賞、ダービーを勝つが故障。今世紀になってネオユニヴァースが皐月賞、ダービーを勝つ。でもその後は生彩を欠き、菊花賞に出走したもののザッツザプレンティの3着に敗れる。こうして満を持して2005年にディープインパクトが現れあっさりと無敗の三冠馬となったのは記憶に新しいところであるが、その翌年に地味なタイプのメイショウサムソンが二冠馬となり菊花賞にも出きた。しかし、ソングオブウインドのレコード駆けの前に4着に敗れる。その後は、2冠馬の出現もないし、またダービーに勝ってもウオッカ、デイープスカイ、ロジユニヴァース、エイシンフラッシュのように菊花賞に出てこないといったことが慣習化してしまい、菊花賞の質そのものが問われだしたりしている。でも、今回、三冠を懸けてオルフェーヴルが菊花賞に出てくることは昨今では珍しく有難いことである。これで久々、熱い菊花賞になりそうだ。

 ところで私は、過去、三冠馬出現の瞬間をほとんど京都競馬場に行って観ている。ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト。しかし、明日はおそらくテレビ観戦になるだろうと思う。私も若くなくなってきたので、人混みにまみれて競馬を観る体力が失われてきた。翌日が休みならばいいが、翌日も早朝に起きて出勤しなくてはならない。だから競馬場に行って立ち続けると翌日からの仕事に差し支えるからなのだが、若い時なら必ず競馬場に行っていただろう。本当に若いというのは羨ましい。

 さあ、結果は如何に。発走は明日の午後3時40分である。


 ナリタブライアンが三冠を達成した菊花賞

EDIT  |  20:06  |  競馬(雑感)  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2011.10.16 (Sun)

マリアンヌ・フェイスフルを聴く

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 長い間、記事らしい記事を書いてないので、更新の仕方も忘れてしまったな。それで久々に趣味の記事でも書くことにした。でも、まだ目の充血が完全に治癒したわけでもない。もう少し治療は必要になるのだろうが随分と時間がかかるものだ。しかし、痒みはおさまってきたし赤みはほぼ取れて来たのでそろそろ更新を再開してもいいだろう。とはいうものの週一回ぐらいの更新で暫くは進むと思うが・・・・・・。それで今回、はマリアンヌ・フェイスフルである。

 マリアンヌ・フェイスフルといっても若い人はさっぱりイメージできないかもしれない。だが、我々の年代にとってはアイドル的なルックスと清廉な歌声で一部の洋楽ファンにはカルト的人気があった。今でも映画に出ているし歌っているが、残念ながら昔日の面影は何処にもなく、今の彼女を見る限りただ色気のある肥ったおばさんがしわがれ声で何やら歌っているなあといった風にしか見えない。よくもまあ、同じ人がこれだけ変われるものだと呆れかえるが女性に何時までも若い時のままであってくれと願うのは無理か・・・・・・・。まあ、彼女も色々な遍歴があり過ぎたのでここまで変わり果てたのだろうが、そのことはあまり書きたくはない。

 マリアンヌ・フェイスフルは1946年12月、ロンドンで生まれたイギリス女性である。父は大学教授、母はオーストリアの貴族出身というから血筋はいい。しかしながら彼女が幼い時に両親が離婚し、マリアンヌは修道院に入れられそこで育つ。ところが17歳で美術商ジョン・ダンバーと結婚(妊娠したため)。でもジョン・ダンバーこそが、その後の彼女の運命を変えることとなる。夫のジョン・ダンバーは彼女と知り合う以前から当時、人気絶頂のザ・ローリング・ストーンズのマネージャーと知り合いだったため、とあるパーティーに出席。そこでミック・ジャガーと知り合うこととなる。

 こうしてマリアンヌ・フェイスフルは歌手デビューすることとなり、私生活ではミック・ジャガーの恋人となる。勿論、彼女は夫と一児の母であるからミック・ジャガーと不倫をしていたのだが・・・・・・そんなスキャンダルは当時、小学生だった小生の知るところではない。それで彼女のデビュー曲はというと『As Tears Go By』邦題で『涙あふれて』である。これは1964年6月にイギリスでリリースされいきなりヒットした。とにかく愛くるしい顔と可愛らしい声で男性ファンを魅了したのである。この曲はご存じのとおりローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズの共作によるもので、彼女のデビュー曲にと2人が曲を書いたのであるが、後にストーンズ自身も歌っている。

 ところでこの曲が歌われていた当時、小生はマリアンヌ・フェイスフルのことはあまり知らなかった。曲自体は知っていたもののレコード・ジャケットを見たことがが在るわけではないし、彼女のただラジオから流れてくる『As Tears Go By』に聴き惚れていただけである。その後、彼女のことも忘れていた。その間、小生は小学生から中学生になり、より洋楽にはまっていた。それと同時に映画をよく観に行くようにもなっていた。そんなとき、マリアンヌ・フェイスフル主演の映画『あの胸にもういちど』を観たのである。

 主演の女優がマリアンヌ・フェイスフルと聞いて、数年前にミック・ジャガーの恋人として『As Tears Go By』を歌っていた彼女を思い出したのである。こうしてスクリーンに目を凝らしたのであるが・・・・・・・・・・それまで彼女が、こんなに可愛らしい人だったとは知らなかったのである。映画はハイデルベルクにいる不倫相手の大学教授のアラン・ドロンに会いに行くため大型バイクに跨ってマリアンヌ・フェイスフルが疾走するというものであるが、マリアンヌ・フェイスフルが黒皮のライダースーツに身を包み、長い髪をなびかして大型バイクに跨って走る姿は美しく、小生は彼女の虜になったものである。

 映画そのものはとりたててて特筆すべき作品ではないが、このマリアンヌ・フェイスフルが可憐でセクシーで、ただ彼女の存在を強調するだけのための映画であったように思う。実際にこの映画のマリアンヌ・フェイスフルは可愛くてセクシーであることから、『ルパン三世』の峰不二子のモデルケースだともいわれ一部のファンに語り継がれていることは確かである。

 ところで残念ながらマリアンヌ・フェイスフルはその可憐な風貌とは違って私生活ではスキャンダル塗れで、女優としてもアイドル歌手としても生命は短かったといえよう。その後、薬に溺れ男性不信からレズビアンになったとの噂も流れアルコール中毒にもなったという。しかしながら、現在は波乱な人生経験を積んだ挙句、すっかり貫録もつき、若い頃の美貌はすっかり消え失せ、しわがれ声で映画にも出ているし歌も歌っている。でも、小生は高校の頃に可愛かった娘がウン10年経つと変わり果てた姿に成って失望したというのと同様、今はその映像も見たくはない。若い頃の淡い思い出は何時までも心の中に残しておきたいものであるから尚更、今のマリアンヌ・フェイスフルは見たくないのである。


 『As Tears Go By』を歌うマリアンヌ・フェイスフル。



 映画『あの胸にもういちど』だが、マリアンヌ・フェイスフルはライダースーツで登場。アニメ『ルパン三世』の峰不二子のモデルケースとも言われたのも仕方がない。


EDIT  |  16:07  |  音楽(ポップス、ロック、その他)  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

2011.10.11 (Tue)

・・・・・まだまだ・・・・・

 目の充血が酷くて暫くの間、パソコンも開いてなかったが、ここにきてようやく回復の兆しが見えてきて、やっと目が白くなってきた。ということでパソコンを開いたが体調の方はまだまだというところ。

 ブログの記事を書こうとは思うのだが体調が万全ではないので、ついつい滞ってしまう。目が充血してからというもの次から次へとおかしくなる。足が腫れて仕事を休んだし、血圧は上がるし、疲れやすくなったし、身体全体がガタガタである。

 ・・・・・ということでブログ再開まで、もう少し待ってもらいましょうか。といっても大した記事も書けないけど・・・・・・・。
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2011.10.03 (Mon)

・・・・・もう10月・・・・

 突然、涼しくなったな。もう10月か。相変わらず目は赤い。なかなか治らないものだ。だからもうしばらく記事は書かないでおこう。

 昨日は凱旋門賞が行われヒルノダムールが10着。ナカヤマフェスタが11着といいところがなかった。でも人気馬が総崩れで勝ったのがドイツ産の3歳牝馬とは驚き。ただしDanedreamは伊オークス、ベルリン大賞、バーデン大賞、そして凱旋門賞とGⅠを4連勝。勝ち時計も2分24秒49と速く、2着に5馬身差の圧勝。フロックでもなさそうだ。しかし、馬場は乾いていて日本馬に向いていると思ったが力不足だったとしかいいようがない。まあ、簡単に勝たせてくれないだろうが・・・・・挑戦し続けなくてはならないだろう。

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