2017.01.29 (Sun)
ラヴェルの『ボレロ』を聴く
ボレロとはスペイン発祥のダンス及び音楽のことで18世紀末に生まれたという。3/4拍子でリズムをつけソロ及びペアで踊るものだった。それが19世紀にはヨーロッパ中に拡がり今世紀になって1928年フランスのモーリス・ラヴェルがバレエ音楽として『ボレロ』を作曲した。
この曲は約15分に満たない曲なのだが、ご存じのようにたった二つの旋律しかない。主題と副主題。ただそれを繰り返す。リズムが始まったときから終わりまでボレロのリズムを引き延ばした形で一本調子に反復されるだけ。コーダを除くと全曲ハ長調のままで、間に変化をつけるための転調はわざと使わなかった。曲の半分くらいまでは旋律にハーモニーがつけられず色々な楽器がボレロのリズムにのって独奏を繰り返す。曲は最弱音に始まり最強音で終る。この10数分というもの、ただ次第に音が大きくなっていくだけ。それ以外のテクニックは全くない。言い換えればどんな下手くそな作曲家でもこんな愚かな曲は作らないだろうと思われる曲を敢えて作りそれが名作だったというところがラヴェルの凄さなのである。
そもそもパリに在住していたロシアの舞踏家イダ・ルービンステイン夫人の委嘱によって書かれたラヴェル最後のオーケストラ作品であるが、極めて知性的なというよりは頭脳的な計算の上に細かく音が組み立てられた史上類を見ないユニークな曲と言える。ラヴェルは当初イサーク・アルベニスのピアノ曲集『イベリア』から6曲をオーケストラ編曲することで合意していたが、『イベリア』には既にエンリケ・フェルナンデス・アルボスの編曲が存在したのだった。アルボスはラヴェルの意図をくみ権利譲渡を打診したが、結局はラヴェルが一から曲を書くことにしてこの『ラヴェル』が出来上がったという。方法としては実に単純であるというのは先ほど述べたが、今日、これだけ演奏会で採り上げられ有名な曲になったのもラヴェルの見事なオーケストレーションがあってこそなせる技である。
巧みなオーケストレーションを操ることでは並ぶ者はいなかったとされ「オーケストレーションの天才」「管弦楽の魔術師」といわれたり「スイスの時計職人」と評される精緻な書法で作曲する。謂わば旋律を生むと言うよりも旋律に装飾することが極めて優れているラヴェルだった。作品としては『水の戯れ』『夜のガスパール』『高雅で感傷的なワルツ』といったピアノ作品よりも『ダフニスとクロエ』『亡き王女のためのパヴァーヌ』『スペイン狂詩曲』『クープランの墓』などのオーケストレーションされた管弦楽曲が印象に残るのはそのせいかもしれない。そういえばムソルグスキーのピアノ曲『展覧会の絵』なんかはオリジナルのピアノ組曲よりもラヴェルのオーケストレーションによる管弦楽曲版の方が遙かに演奏される回数が多い。それは如何にオーケストレーションが見事だからであろう。ただラヴェルは自分の才能はさほどあると思ってなかったのか、ジョージ・ガーシュウィンがラヴェルに教えを請うたが「あなたは既に一流のガーシュウィンなのだから、二流のラヴェルになる必要はない」といって断ったという話が残っている。それだけに1番単純な技法で作曲した『ボレロ』が彼の代表曲であるというのは彼の本心を表しているのかもしれない。
ところで上記にある写真のCDはラヴェル自身の指揮による演奏が収録されている。『ボレロ』の楽譜には72というメトロノームの指示が書かれてあり、3/4拍子、342小節演奏すると13分50秒という演奏時間が割り出される。しかしラヴェルの指揮による演奏時間は15分30秒かかっている。自分の指示よりもゆったりと曲を歌わしている。単調な曲をよりきらびやかに見せたかったのかそのあたりは計り知れぬが、作曲者自身が楽譜指示を無視して演奏するというのは皮肉屋だったラヴェルらしいといえばラヴェルらしいといえそうだ。ただ現在の演奏もほとんど15分ぐらいかかっているので13分50秒というのはちょっと速すぎるような気がする。
ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ロンドン交響楽団
2017.01.22 (Sun)
アメリカ・ファースト
1月20日、アメリカの第45代大統領にドナルド・トランプが就任した。昨年秋の大統領選に勝利しいよいよ正式に大統領に就任。選挙勝利後、これまで散々言われてきたがいよいよトランプがアメリカ大統領にになったのだ。はたしてこれから世界が上手く回るのか、それともその逆か・・・・。全くもって先が読めなくなってきた。何故ならこれまでの大統領と比較して言ってることが過激すぎるからである。トランプのこれまでの発言から言って色々と問題が起こりそうな予感がしないでもない。かつてないほどの事象がありうるかもしれない。彼の言ってることは一見なるほどとは思うが、果たして可能なのかいささか疑問ばかりが出て来るからである。
トランプはなんでもかんでもアメリカ第一主義を唱える。しかし、今の時代、アメリカ第一主義で事が運ぶのか。彼は損得勘定だけで考えているのかとしか思えない。この辺りはいかにも政治家というよりもビジネスマンの考えだ。政治家のあるべき理念や信条が一切欠けていて、ただアメリカ保護主義だけを訴える。そこには民主主義の理念もない。ただあるのは古いポピュリズム。これまでのアメリカ大統領の方法論とは随分と違っている。大統領就任演説ではやたらAmerica First. Make America Wealthy Again. Make America Strong Again. Make America Safe Again. Make America Great Again. God Bless You, God Bless America.
正直に言って難しいことは何も言ってない。これが保守的な白人支持者を鼓舞したのだろうが、一方で有色人種のことは全く無視して、マイノリティを閉め出そうとする。これが大国の大統領の正式な演説なのだろうか。アメリカ第一主義、アメリカ保護主義、全てにおいてアメリカの国益重視。世界の融和無視、貿易の縮小、アメリカの経済最優先、防衛面での修正。これから世界に起こることはどうなるのやら。アメリカというのは世界に及ぼす影響が多大な国家だ。その国の大統領が世界視野で見ずアメリカ第一主義を就任宣言で言いまくる。こんな就任宣言を発する大統領も希有な例だが、これから日本も対アメリカとの方針を考えなくてはならないのかもしれない。なんだか先祖返りしたような考えを持つトランプが大統領に就任したことで世界情勢も変遷期にあるのかもしれない。ただアメリカの影響からきな臭いヨーロッパ諸国の保守化が気になって仕方がない。極右政党の台頭が顕著になりつつある。なんだかこのところ世界中が右傾化に走っているようで嫌な時代になりつつあるのではないだろうか。ただこれまでトランプはツイッターで過激なつぶやきを連発してきたが、これからは公文書扱いされるので迂闊には発言できなくなる。大統領に就任してしまうと公文書として残ってしまうのだ。何時か墓穴を掘りそうな気がしないでもない。韓国のように弾劾が起こり辞任と言うこともありうるんじゃないかとさえ思ってしまう。ドナルド・トランプは果たして8年どころか4年持つのだろうか。これだけ就任直後に心配される大統領は史上初めてだろう。いやはやアメリカ市民は大きな賭けに出たようだ。トランプを選んだことがアメリカ、いや世界にとって吉と出るか凶と出るか知るのは神のみぞ知るところである。
トランプはなんでもかんでもアメリカ第一主義を唱える。しかし、今の時代、アメリカ第一主義で事が運ぶのか。彼は損得勘定だけで考えているのかとしか思えない。この辺りはいかにも政治家というよりもビジネスマンの考えだ。政治家のあるべき理念や信条が一切欠けていて、ただアメリカ保護主義だけを訴える。そこには民主主義の理念もない。ただあるのは古いポピュリズム。これまでのアメリカ大統領の方法論とは随分と違っている。大統領就任演説ではやたらAmerica First. Make America Wealthy Again. Make America Strong Again. Make America Safe Again. Make America Great Again. God Bless You, God Bless America.
正直に言って難しいことは何も言ってない。これが保守的な白人支持者を鼓舞したのだろうが、一方で有色人種のことは全く無視して、マイノリティを閉め出そうとする。これが大国の大統領の正式な演説なのだろうか。アメリカ第一主義、アメリカ保護主義、全てにおいてアメリカの国益重視。世界の融和無視、貿易の縮小、アメリカの経済最優先、防衛面での修正。これから世界に起こることはどうなるのやら。アメリカというのは世界に及ぼす影響が多大な国家だ。その国の大統領が世界視野で見ずアメリカ第一主義を就任宣言で言いまくる。こんな就任宣言を発する大統領も希有な例だが、これから日本も対アメリカとの方針を考えなくてはならないのかもしれない。なんだか先祖返りしたような考えを持つトランプが大統領に就任したことで世界情勢も変遷期にあるのかもしれない。ただアメリカの影響からきな臭いヨーロッパ諸国の保守化が気になって仕方がない。極右政党の台頭が顕著になりつつある。なんだかこのところ世界中が右傾化に走っているようで嫌な時代になりつつあるのではないだろうか。ただこれまでトランプはツイッターで過激なつぶやきを連発してきたが、これからは公文書扱いされるので迂闊には発言できなくなる。大統領に就任してしまうと公文書として残ってしまうのだ。何時か墓穴を掘りそうな気がしないでもない。韓国のように弾劾が起こり辞任と言うこともありうるんじゃないかとさえ思ってしまう。ドナルド・トランプは果たして8年どころか4年持つのだろうか。これだけ就任直後に心配される大統領は史上初めてだろう。いやはやアメリカ市民は大きな賭けに出たようだ。トランプを選んだことがアメリカ、いや世界にとって吉と出るか凶と出るか知るのは神のみぞ知るところである。
2017.01.15 (Sun)
寒波襲来
今期の冬は暖かいといった様相だったのだが、昨日からの寒波がいきなりやって来て、今朝は銀世界であった。昨日の午後から降り出した雪が夜になって激しくなり朝には積雪。久しぶりの積雪で気温も下がり氷点下。水道管が凍結して水が出るかなと思ったけれど、それは大丈夫だった。でも寒いこと寒いこと。何年かぶりに寒い1日だった。昔はこんな寒い日が冬の間には何度かあったものだが、最近は暖冬に慣れきってしまって今日のような寒い日が突然来ると体の方がついてこないでいる。もっとも小生の住んでいる地域は京都市内に比べるとさほど雪が降らないところであるから積雪は珍しい。おそらく2年ぶりの積雪だろう。京都の市内は一日中降っていたようだが、こちらは午前中で雪がやみ昼からは陽射しが戻ってきた。でも気温は低く室内も暖房を入れないととてもじゃないがくつろげない。外出しても道路は雪解けでベトベト。電車は遅延しているし雪国でないところで積雪すると経験値がなく色々とトラブルも起こる。なにしろ最高気温が5℃あるかどうかという1日。冷蔵庫の中に日本列島が放り込まれた日であった。地球温暖化といいながら時々、強烈な寒波が襲来するからちょっと堪えたな。
2017.01.10 (Tue)
1月10日
またまた更新期間が広がってしまった。しょうがない。正月もこの三連休も働いていたからな。とにかく正月も何もない。当然、更新率が低くなるかな。もう2017年に入って10日。1月10日といえば関西では戎神社の本戎だが全国的にはあまり盛んではないようだ。それで1月10日と言えば何の日かというと110番の日だという。これも戦後に制定されたものだが、警察への緊急通報用電話番号として1954年に統一されたという。1954年というとまだ各家庭に電話機などない時代。その時代に110番が警察へ通報するために統一されたという。ところで何故110番なのかというと。ダイヤル式電話機でかけるときストッパーまでの距離が短いと言うことで数字の1が選ばれていると言うことらしい。つまり1はストッパーまでかける時間が短くてすむということか。でも0は1番ストッパーから遠いのにと思いながらも判りやすいことで110番になったのかもしれない。
さてそのダイヤル式電話だが、今の若者は知らない人が多いので説明するしかない。昔、家にあった電話機は全てボタンを押すプッシュ式ではなく回転盤を回すダイヤル式の電話機だった。そのためストッパーまでをダイヤルの数字の所にある穴に指を突っ込んで時計回りに回す。それがダイヤル式電話機である。所謂、黒電話である。公衆電話は赤電話であある。それがボタン式の電話機が出回るようになり、段々と減っていく、今じゃほんとんどお目にかからなくなった。でも完全になくなったのでもなく、今でも使っている所はあるという。今では携帯電話の時代になったので公衆電話もなくなりつつあるが、ダイヤル式電話というと何時の話になるのかということになるのだが、明らかに昭和時代の遺産である。
もう20年前でも子供がダイヤル式の電話のかけ方が判らないということが話題になったものだが、今じゃ20代以下の人はダイヤル式の電話機も見たことがないという人が増えてきたようだ。時代はどんどんと進むからいずれ今のスマートフォンの使用方法も変わって行くかもしれない。指で押さないで喋れば繋がるとか目で見れば繋がるとかいう時代になるかもしれない。かつてダイヤル式電話は盗聴されると何番にかけたのか判ったりかけ間違いは頻繁に起こるという欠点があった。いや実に懐かしい時代の話である。
さてそのダイヤル式電話だが、今の若者は知らない人が多いので説明するしかない。昔、家にあった電話機は全てボタンを押すプッシュ式ではなく回転盤を回すダイヤル式の電話機だった。そのためストッパーまでをダイヤルの数字の所にある穴に指を突っ込んで時計回りに回す。それがダイヤル式電話機である。所謂、黒電話である。公衆電話は赤電話であある。それがボタン式の電話機が出回るようになり、段々と減っていく、今じゃほんとんどお目にかからなくなった。でも完全になくなったのでもなく、今でも使っている所はあるという。今では携帯電話の時代になったので公衆電話もなくなりつつあるが、ダイヤル式電話というと何時の話になるのかということになるのだが、明らかに昭和時代の遺産である。
もう20年前でも子供がダイヤル式の電話のかけ方が判らないということが話題になったものだが、今じゃ20代以下の人はダイヤル式の電話機も見たことがないという人が増えてきたようだ。時代はどんどんと進むからいずれ今のスマートフォンの使用方法も変わって行くかもしれない。指で押さないで喋れば繋がるとか目で見れば繋がるとかいう時代になるかもしれない。かつてダイヤル式電話は盗聴されると何番にかけたのか判ったりかけ間違いは頻繁に起こるという欠点があった。いや実に懐かしい時代の話である。
2017.01.01 (Sun)
2017年が始まった
明けましておめでとうございますって年賀状じゃないけども、年末はとにかく忙しかったので更新できなかった。そして元日の朝、こうして更新しているのであるが、もうブログ開設から11年目に入る。よくぞこれだけ他愛もないことをウダウダと続けてきたものだと思う。10年一昔と言うが実際は色々ありました。もうこの歳で10年ってあまり加齢しても影響はないけども世の中は確実に進んでいる。いずれ老兵は去るのみではないけども、もうそろそろブログを閉じてもいいのではと考えていて、今年で終わりかもしれない。
もう書き尽くしたというのでもないが、ブログを始めた頃とは事情が違ってきているみたいだ。今やブログ人口よりもツイートする人の方が遙かに多い時代。長い文章を読むことより短いつぶやきの方がより人の注目を受ける時代になった。またインスタグラムと言って写真投稿のが幅をきかせてきた。つまり長い文章を書き綴っても読まれなくなってきたのかもしれない。時代が進んでいる。もっとも小生はスマートフォンを持ってないのでどちらもやる気はない。
まあこのブログもやめるときが来たと言うことかもしれない。それまではもう少しおつきあいください。と正月からつまらない記事で申し訳ないです。
もう書き尽くしたというのでもないが、ブログを始めた頃とは事情が違ってきているみたいだ。今やブログ人口よりもツイートする人の方が遙かに多い時代。長い文章を読むことより短いつぶやきの方がより人の注目を受ける時代になった。またインスタグラムと言って写真投稿のが幅をきかせてきた。つまり長い文章を書き綴っても読まれなくなってきたのかもしれない。時代が進んでいる。もっとも小生はスマートフォンを持ってないのでどちらもやる気はない。
まあこのブログもやめるときが来たと言うことかもしれない。それまではもう少しおつきあいください。と正月からつまらない記事で申し訳ないです。
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