2012.02.04 (Sat)
『小澤征爾さんと音楽について、話をする』小澤征爾×村上春樹を読む
対談集を読むことなんてあまりないのだが、これまで音楽について語ることがなかった日本の代表的指揮者小澤征爾と現役日本人作家で最もノーベル文学賞に近いと言われる村上春樹が音楽について語るというタイトルに惹かれて一気に読んでしまった。この対談集は正月に読んだのだけれども、これまで忙しさに翻弄されてブログにアップ出来なかった。だが、このまま記事にしないで放っておくのも勿体ないと考え、今頃になってようやく記事にしたまでである。
ところで小澤征爾はこの数年、体調が悪く食道癌の手術を受け音楽活動も大幅に縮小するにいたった訳であり、その療養とリハビリテーションの間に少しずつ対談が行われたようである。そこで売れっ子作家で音楽好きの村上春樹が小澤征爾から話を引き出す形で対談が進んでいく。これまで村上春樹は小説を読んでいても音楽の造詣は深いことは判るが、この対談集を読んでみて思ったのは、私の想像以上に多くの数のレコードやCDを聴きこんでいることが判明したのであり、また、それに応えるかのように小澤征爾が色々な裏話を含めこれまで活字ないなるようなこともなかった事まで語っているので実に興味深い対談集であった。
たとえばカラヤンとバーンスタインとの違い。グレン・グールドのこと。サイトウ・キネン・オーケストラのこと。マーラーの音楽に出会ったときのこと。カルロス・クライバーのこと。オペラとの出会いとブーイング等・・・・・。
小澤征爾は若い頃、シャルル・ミュンシュやレナード・バーンスタイン、ヘルベルト・フォン・カラヤンに従えた指揮者であり、トロント交響楽団、サンフランシスコ交響楽団、ボストン交響楽団といったオーケストラで常任指揮者および音楽監督を務め、その後にウィーン国立歌劇場で音楽監督と、その略歴は大指揮者そのものである。一方、村上春樹は『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』等の小説で知られているが、大学を出てからジャズ喫茶を経営していたことは一般的にあまり知られていない。つまりジャズに関しては玄人だしクラシックも同様である。でも本来は我が家からそう遠くない京都の西山光明寺(当ブログでも以前に紹介した)で祖父が住職をしていたこともあるという家庭(高校は神戸高校、大学は早稲田だが)。なので私も身近に感じる作家ではある。数年前にはフランツ・カフカ賞を受賞するなど日本人作家としては今、もっとも世界で名が知れ渡っていることは間違いない。そういった国際的に有名人2人が行った対談である。
小澤征爾は桐朋学園短期大学を出てすぐに貨物船に乗り込み単身でフランスへ渡り、1959年見事にブザンソン国際指揮者コンクールで第1位を獲得したことは彼の著書に書いてあるが、その後から現在まであまり自らを語ることはなかったので、この対談集で小澤征爾の半生を知ることもできるし音楽に対してのポリシーみたいなものが判り易く伝わってくる。それと言うのも音楽に関しては評論家真っ青ともいうべき村上春樹が独自のとらえ方で小澤征爾からうまく話を引き出している。所謂、プロの音楽家としての小澤と飽くまでも聴き手としてファンとしての村上が語る音楽へのアプローチの仕方が実に面白いのである。
それと驚いたのが小澤征爾がジャズやブルースが好きだっていうこと・・・・。シカゴの滞在中、週に3日、4日はブルースを聴きにクラブに通っていたらしい。ニューヨークでは黒人のヴァイオリン奏者にハーレムのジャズクラブに連れて行ってもらったとか。秋吉敏子もよく聴いたとも言っている。そして一番驚いたのが1964年、アメリカに来演中だったビートルズの生演奏をシカゴで聴いたらしいが、観衆が叫びまくって音楽が何一つ聴こえなかったと(笑)。また意外と言えば意外だったのは小澤征爾が森進一、藤圭子をよく聴くということ。いや、驚きの連続で、これまで指揮台でタクトを持ってベートーヴェンやブラームス、ラヴェル、マーラー、『エフゲニー・オネーギン』『マダム・バタフライ』を振っている姿しか判らないが、これだけ色々なことを語ると小澤征爾という人間が妙に身近な人として思えるようになってきたから面白い。それと共に村上春樹の音楽好きは筋金入りだという事実。これまで私が思っていた村上春樹像というのも考え直さなければならなくなった。私もこれまでジャンルを問わずに音楽を聴きこんでいたことは自負していたが、この人の聴きこみは想像以上。作家と言う職業柄、自宅にいて音楽を聴く時間を作ろうと思えが作れるであろうが、ここまでジャンルに拘らずに聴きこんでいる人も滅多にいないだろう。とにかく2人とも対談から意外な一面が垣間見られ眼から鱗の取れる一冊であった。
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