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2008.07.05 (Sat)

ヘレン・メリルを聴く

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 私は高校生の頃、モダン・ジャズを聴きに1人で喫茶店に出入りしていたが、ロック好きの仲間には黙っていた。何故なら、彼らはロック以外の音楽には何の興味を示さないからであって、ロック以外にシャンソンもカンツォーネもラテンもフォークもクラシックも分け隔てなく聴いていた私は、皆には内緒でジャズ喫茶に通っていたものだ。当時、ロックしか聴かない仲間にジャズを聴こうなんていっても聞く耳も持たなかっただろうから、誰も誘わなかったというのが本音なのであるが・・・・。

 暗い店内はネクタイ姿のサラリーマンがいたり、長髪に髭を生やし分厚い哲学書を持った大学生風の若者がいたりして、高校生の私には少し刺激が強かったりしたが、彼らの仲に混じって一端のジャズ通気取りで眼を瞑ってスピーカーから流れるアフター・ビートにしびれていたものである。

 ただその頃は、数多いジャズ・ミュージシャンの中でもマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、チャーリー・パーカー等に代表されるように、主にスモール・コンボを聴くのが流行っていて、ビッグ・バンドといったスタイルのジャズを誰も聴いていなかったように思う。そして、ジャズ・ヴォーカルも何故か、聴かれることは滅多になかったようだ。

 ところがである。或る日、ジャズ喫茶で耳にしたハスキー・ヴォイスに私は心を打たれたのだ。

You'd be so nice to come home to.
You'd be so nice by the fire
While the breeze on high
Sang a lullaby
You'd be all that I couud desire

 女性ヴォーカルの声が流れていた。何とも艶かしい声で、10代の少年にはこの声は刺激が強かった。歌っている人は誰・・・・・・・。曲よりも歌手の名前を知りたかったので、隣に座っているサラリーマン風の20代だろうと思えるタバコを吸っていた男性に聞いた。すると「ヘレン・メリル」という答えか返ってきた。私はその場で、ヘレン・メリル、ヘレン・メリル、ヘレン・メリルと忘れないように呟きながらその名前を繰り返した。

 それ以来、ヘレン・メリルの歌う『You'd be so nice to come home to』という曲が気に入った。また私の中では女性の歌うジャズ・ヴォーカルといえば、この曲が真っ先に出てくるようになってしまった。

 ヘレン・メリルは1930年の7月21日、ニューヨークの下町ブロンクスにクロアチア人移民の子として生まれ育つ。15歳で早くも歌手として活動し、ニューヨークのクラブで歌っているときにマイルス・デイヴィス、J・J・ションソン、バド・パウエルと共演する。17歳でアーロン・サクスと結婚(その後に離婚)。1954年には天才トランペッターのクリフォード・ブラウンとアルバムを録音する。

 実はこの時のデビュー・アルバムが上の写真にあるアルバムである。録音されている曲は7曲で、『Don't Explain』『You'd be so nice to come home to』『What's New』『Falling in love with love』『Yesterdays』『Born to be blue』『'S Wonderfull』

 これらはジャズでお馴染みの曲だが、ヘレン・メリルが歌うと何か艶っぽい。この時、クインシー・ジョーンズが編曲して、ブラウニーと愛称のあるクリフォード・ブラウンがトランペットを吹き、オスカー・ペティフォードがベースを担当した。そしてこのアルバムは評判を呼び、ヘレンの歌声は「ニューヨークのため息」と評された。それ以来、『You'd be so nice to come home to』は、ヘレン・メリルの代名詞的な曲になってしまった。だが、その2年後、若きトランペッター、クリフォード・ブラウンは事故死して、離婚したヘレン・メリルも一度、現役を退く。ところが1966年に来日。そして、5年間ほど日本に滞在してアルバム製作やラジオの仕事をこなしたという。

 ヘレン・メリルは、その後、音楽の幅を広げて色んなジャンルの曲をむ歌うようになり、まもなく78歳になろうとしているが、ステージを時々こなすという。ただ、今でも若い頃のような艶かしいハスキー・ヴォイスで歌っているのかどうかは知るところではないが・・・・・・・・・。

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