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2009.08.02 (Sun)

ドアーズを聴く・・・・・『ハートに火をつけて』

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 先日、久々にザ゙・ドアーズのアルバム『ハートに火をつけて』を聴いてみた。今となっては何とも感じないが、当時、聴いた時はやや異質なポップスに触れたという第一印象があったことを思い出す。それは当時の一般的なギター2人、3人という編成ではなく、ギターが1人で、あとはヴォーカル、キーボード、ドラムスという特殊な編成によるものなのか、ベース・ギターの低音質の響きがなく、代わりに絶えずキーボードが流れていたからである。

 ドアーズのデビュー・アルバムが発売された1967年初頭の頃のロック・バンドというのはギター3人というのが普通で、キーボードがいるバンドというのは珍しいぐらいだったからである。最も1967年あたりはポップスというものが大きく変わっていく時代だったので、色々なバンドがありとあらゆる試みを行なっていた。当然、ドアーズもそういった時代のロックバンドではあったが、彼らの音楽性云々というよりも、何かとスキャンダルのネタになることが多かったという印象があった。

 そもそもロサンゼルスにあるUCLAの学生であったジム・モリスン、レイ・マンザレクが中心になってドアーズが結成されたというが、1967年1月にこのアルバム『ハートに火をつけて』が発売されている。この中の最初に収録されている『ブレーク・オン・スルー』がシングル盤として発売され、6番目に収録されている曲『ハートに火をつけて(Light My Fire)』が2番目のシングル盤として発売された。結果として『ハートに火をつけて』が大ヒットとなり日本でも有名になったのである。しかし、こういったヒット曲がありながら、ジム・モリスンの独自のヴォーカルとそのパフォーマンスによっていわばキワモノのバンドとして一部では扱われていたように思う。とにかくジム・モリスンというヴォーカリストは目立っていた。ドアーズの曲の歌詞は何かと問題になり、よく性的な表現があったりしたりする、父親を殺し母親と寝るなんていうくだりのある『ジ・エンド』は問題作でもあった。またジム・モリスンンは自分の容姿に自信があったのかどうかしらないが、ステージ上で猥褻な行為を行なったとして逮捕されるし、エド・サリバン・ショーに出演したときは、『ハートに火をつけて』の歌詞がドラッグを連想させるから一部歌詞を変えて歌うように言われていたのにも係わらず、そのままの歌詞で歌ってしまい、その後、2度とエド・サリバン・ショーに出演できなくなったなど何かとスキャンダルの多いバンドであった。

 ドアーズというのはアメリカ西海岸のバンドであるが、当時、雨後の筍のように出てきたサンフランシスコのバンドではなく、ロサンゼルスのバンドであることから一線を画していたように思うが、サンフランシスコのバンドがブルースやカントリーの影響を大きく受けていたのに比べると、ロサンゼルスのバンドはジャズの影響を受けていたという。でもドアーズはそういった意味でも独自の路線を歩んでいたようだ。しかし、個性の強かったジム・モリスンが『L・A・ウーマン』を発表した直後の1971年7月3日、パリで突然死する。死因は心臓麻痺と公表された。でもこれとて多くの人はドラッグの過剰摂取によりものだと考えていた。その後、モリスン抜きでドアーズは活動を続行するが、モリスンのいないドアーズは魅力がなく何時の間にか消えていってしまった。

 また1991年には巨匠オリバー・ストーン監督によって彼らを描いた映画『ドアーズ』が上映された。でも映画を観たドアーズの残りのメンバー3人は、ジム・モリスンが精神病患者のように描かれていて不快感を表したという話を聞いて、ドアーズは善くも悪くもジム・モリスンあってのバンドだったのだという思いを強く持った次第である。


『ハートに火をつけて』の演奏。ザ・ドアーズ
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