2009.12.01 (Tue)
松本清張・・・・・『ゼロの焦点』を読む
おそらく作家別で言うと私は松本清張の著作を1番読んでいるかもしれない。とにかく松本清張は多作の作家で書いた小説が数100作品に及び、出版された小説もいったい何冊あることやら・・・・。そんな大多数の著作群の中で、私が読んだといっても200冊もいかないだろう。でも100作品は軽く超えているから結構な数になる。ざっと私が記憶しているだけでも『西郷札』『或る「小倉日記」伝』『点と線』『眼の壁』『わるいやつら』『砂の器』『けものみち』『かげろう絵図』『黒い画集』『歪んだ複写』『蒼い描点』『Dの複合』『影の地帯』『黒い樹海』『鬼畜』『砂漠の塩』『逃亡』『落差』『黄色い風土』『張込み』『波の塔』『黒革の手帖』『霧の旗』・・・・・・ごく一部であるが、松本清張はとにかく多作の作家である。そして、その何れもが内容の高い作品なので驚かされるのであるが、そんな中で『ゼロの焦点』は、映画やテレビのドラマ化に何度もなり、既にストーリーもその結末も認知している方は多いと思う。
この度、久しぶりに映画化され現在上映されているから、このブログ上で『ゼロの焦点』について書いてみたくなったというのでもなく、実は私の部屋ある書架の裏側に一冊の小説が落ちていて何気に拾ってみたら、それが松本清張の『ゼロの焦点』だったということ。その内容もすっかり忘れていて、今回、20数年ぶりに読み返してみたという訳である。登場人物はさほど多くはないが、話が込み入っていて最後に思わぬ終結を迎えるという推理小説にありがちな話ではあるが、トリックよりもむしろプロットが秀でていて、このあたり社会派と称される松本清張ならではといった趣がある。
話は昭和33年のことで、主人公・板根禎子がいる。彼女は26歳で10歳上の鵜原憲一と結婚した。当時のことなので当然のように見合い結婚である。また36歳で結婚という今なら別に不思議なことではないが、あの当時としては随分と遅い年齢での結婚であった。それだけに鵜原憲一が、その間までどういった事情があったのか謎のまま禎子が結婚したことになる。ただ、現在の職業が広告取次会社の金沢出張所主任ということだけしか判っていなかった。そして、憲一と禎子は慣習にしたがって結婚する。また憲一は結婚を機に東京の本店に戻るというつもりでいた。そして、2人は新婚旅行から帰ってから東京に新居を構えたのである。ところが1週間後に金沢に最後の出張だといって出て行ったまま鵜原憲一は、そのまま失踪してしまうのである。
推理小説のストーリーをウダウダ書いてしまうと結局、犯人が判ってしまうのでこれ以上は書かないが、話の鍵となるのが戦後に現れた商売女であったということ。所謂、パンパンというものであり、終戦直後の陰鬱で物がない時代に進駐軍相手に商売をしていた派手な女達の過去と、それに係わった男がストーリーの中で重要度を占めてくることになる。やがて夫が失踪し禎子自らが金沢に乗り込み、夫の金沢出張所の後任の主任である本多良雄と共に捜査を開始する。ところが捜査を進める途上で次から次へと係わりある人物が死んでいき、とうとう真相を突き止めたかに思われた本多までが殺されてしまい、話はだんだんと核心に入っていく。でも普通の若い女性が、探偵のように動き回り、ここまで推理して全容を知るまでに至るのだが、おそらく込み入ったストーリーの中で、当時の楚々とした一般女性がこれほどまでに活発な行動力を発揮した上で、尚且つ精緻で理路整然とした完璧な推理を働かし、とうとう真の犯人を知ることなど到底、現実では不可能であろうと思いながら読んでいたのである。まあ、こういった現実離れした部分はあるものの、松本清張に出てくる小説というのには外国のミステリーに登場するようなスーパーマン的な探偵や警察官は一切登場せず、ごく普通の人が地道に足を運び、一つ一つ謎を解いていき最後に結末が判るといった話の展開が多い。またそこに組み込まれたメッセージというのは大きく、社会への面当てのように裏の世界を引っ張り出してくる。時代背景を投影させ、時代が生んだ暗黒な部分及び成り行きがストーリーそのものに反映していることが多く、こういった話の組み立てから社会推理派と言われる所以であろう。
つまり松本清張という人は1909年という明治に生まれながら、大正、昭和、平成の時代を生き続けたわけである。よく作家にありがちな高学歴を積んだ文芸派はだしのエリートではなく、高等小学校を出て働きだしたという叩き上げである。でも働きながらも色々と文芸書を読み漁ったというから、松本清張の作家としての下地は既にこの時代に育まれていたのである。30歳で朝日新聞社の意匠担当として働き、やがて戦争で召集される。戦後に朝日新聞の戻り、勤務しながら小説を書き出したというから晩成の作家である。でも幾つかの職業と戦争体験があり、多くの世界を渡り歩いてきたことが、その後の小説家としては活きてきたということになるのだろうか。
松本清張は1992年に82歳で亡くなるまで小説を書き続けた。あのバイタリティーは何処にあるのか判らないけども、作家としてデビューするのが遅かったから出来る限りの作品を残したかったということらしい。でも、何れの作品も半端な昨今の推理小説よりも水準的に上回っているというのは、やはり凄い作家である。
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