2013.04.21 (Sun)
マル・ウォルドロンのアルバム『レフト・アローン』を聴く
マル・ウォルドロンと言うとなんだかジャズの伴奏ピアニストといった印象が強い。それはビリー・ホリディの最晩年の伴奏ピアニストだったからだろうが、それ以前もチャールズ・ミンガスのバンドでピアノを弾いていたのである。実際、さほど目立つ演奏ではない。最もビリー・ホリディ亡き後はエリック・ドルフィー、ブッカー・リトルのコンボでの録音が残っているし、その後に活躍の場をヨーロッパに移し日本人の彩紋洋実と再婚したことで日本とは係り合いを持つようになる。それがきっかけで来日も多く、日本での録音も残っているが、どうしてもマル・ウォルドロンというとビリー・ホリディのピアノ伴奏者としてのキャリアを抜きにして語れない。それほど不世出のジャズ・シンガーとの出会いは大きかったようだ。そもそもこのアルバムは1957年から約2年半ビリー・ホリディの伴奏ピアニストだったマル・ウォルドロンが、59年7月17日に亡くなったビリーの思いでにアルバムを捧げようと思いついたことから制作されたのである。従ってアルバムジャケットの右側に黒く映っている女性はビリー・ホリディである。
ビリー・ホリディの最晩年を伴奏ピアニストとして演奏活動を行っていたマル・ウォルドロンであるが、マル・ウォルドロンの書いた曲に彼女が作詞することがあった。しかし一度もそれらの曲はレコーディングされることがなかった。それでビリーが亡くなった直後に彼女に捧げるトリビュート・アルバムの制作に取り掛かったのである。しかし、ビリーに匹敵する歌手など存在しない。それで肉声の代わりに友人のアルト・サックス奏者ジャッキー・マクリーンを起用したのである。ビリーとジャッキーはバラード表現に対するムードやアイデンティティが近いとマル自身は言う。こうしてアルバムのタイトル曲は録音された。まるで肉声のようなジャッキーのアルト・サックスが哀愁のメロディを切々と歌い上げられた名演である。実際にはビリー・ホリディが作詞したものをマル・ウォルドロンが作曲した曲で録音されてないというのは実に残念である。本来ならこの『レフト・アローン』はマル・ウォルドロンのピアノの伴奏にビリーの肉声が乗っかる筈だったのだろう。それでもこの曲は人気がある。かつてジャズ喫茶ではよく流れていた。いや、今でも人気があって、この曲を聴いてサックスを習いたいと思った御仁は無数にいる。我が周辺にも何人かいた。彼らがその後にサックスを続けているかは知らないが、マル・ウォルドロンはこの曲によって殊に日本では知られているようなものだ。実際、このアルバムの人気はタイトル曲の『レフト・アローン』によるものであり、アルバムの中でこの曲だけ演奏に参加しているジャッキー・マクリーンの歌い上げるようなアルト・サックスの咽び泣きがなんともいえないのであって、まさにビリー・ホリディの鎮魂の曲として相応しい演奏である。
2曲目以降は『Cat Walk』『You Don’t Know What Love Is』『Minor Pulsation』『Airegin』で最後のトラックにはマルがビリーの想い出を語ったインタビューが収録されている。3曲目の『You Don’t Know What Love Is(恋を知らないあなた)』はトリオの名演である。この曲はビリー・ホリディの愛唱歌でもあった。なのでマルが当然のようにこの曲を当アルバムに収録したことは判るような気がする。ところでこのアルバムの奏者はジャッキー・マクリーン以外では、ピアノは当然マル・ウォルドロン、ベースがジュリアン・ユーエル、ドラムスがアル・ドリアースである。
『レフト・アローン』の演奏(音声のみ)
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