2009.10.01 (Thu)
三島由紀夫『仮面の告白』を読む
永いあいだ、私は自分が生まれたときの光景を見たことがあると言い張っていた。それを言い出すたびに大人たちは笑い、しまいには自分がからかわれているのかと思って、この蒼ざめた子供らしくない子供の顔を、かるい憎しみも色さした目つきで眺めた。(中略)
笑う大人たちは、たいてい何か科学的な説明で説き伏せようとしだすのが常だった。そのとき赤ん坊はまだ目が明いてないのだとか、たとい万一明いていたにしても記憶に残るようなはっきりした観念が得られた筈はないのだとか、子供の心に呑み込めるように砕いて説明してやろうと息込むときの多少芝居がかった熱心さで喋りだすのが定石だった。
このような書き出しで始まる『仮面の告白』を読んだのは高校生の頃だった。ずいぶんと衝撃的な告白の始まりであるが、生れてすぐの赤ん坊が、その時の光景を覚えているのだろうかといった疑問が生じてくる。でも三島由紀夫の『仮面の告白』には、次のように書かれている。・・・・・・・・・私には一箇所だけありありと自分の目で見たとしか思われないところがあった。産湯を使わされた盥のふちのところである。下したての爽やかな木肌の盥で、内がわから見ていると、ふちのところにほんのりと光がさしていた。そこのところだけ木肌がまばゆく、黄金でできているようにみえた。ゆらゆらとそこまで水の舌先が舐めるかとみえて届かなかった。しかしそのふちの下のそころの水は、反射のためか、それともそこへも光がさし入っていたのか、なごやかに照り映えて、小さな光る波同士がたえず鉢合せをしているようにみえた。
これが生れたばかりの赤ん坊の記憶だとしたら、怖ろしいばかりの記憶力である。とはいうものの世の中、時々、天才と言われる人種が出現する。三島由紀夫が言うところの情景が事実だとすると、やはり三島由紀夫は天才か神童の域にある作家だったということになるのかもしれない。ただ天才と言われる人は、何かと平凡な人とは感性も美意識も違っているのかもしれなくて、この三島由紀夫の自伝的小説とも伝えられている小説の中においては、到底、私には理解しがたい描写が綿々と綴られている。
主人公である私は祖母に溺愛されていた。祖母は私が悪いことを覚えないように近所の男の子たちと遊ぶことを禁じ、選ばれた3人の女の子とだけ遊んでいた。一方で私は従妹の家などへ遊びに行くと1人の男の子であることを要求されたのである。まさに仮面を被っていたような態度をとらなくてはならなかった。そんな私も成長し中学2年の時、近江という少年に惚れ込むようになる。近江はひ弱な私にない逞しい肉体を保持していて、そんな近江に恋心を持つようになる。つまり同姓愛的な恋心を抱くのであるが、体力的にも肉体的にも及びつかない私が、男性的な近江に恋をし、それでいて愛してはいけない存在と位置づけている自分があり、普通でありたいとも願っている私。やがて近江は退学し私の前から消えてしまい恋は終焉する。
私という主人公は少しずつ年下の少年にも愛を感じるようになり、高等学校へ入ったばかりの頃には18歳の少年にも倒錯した目を向けるようになる。やがて大学に入り、召集令状を受けるものの、軍医に肺病と勘違いされ帰郷させられる。それでいて私は普通でありたいと思い、何時しか園子と言う女性を愛さなくてはならないという因習に囚われる。だが結局、園子を愛してないということ、異性愛者という仮面を被りとおしていたという自分自身を知る。
・・・・・・・・愛しもせず一人の女を誘惑して、むこうに愛がもえはじめると捨ててかえりみない男になったのだ、なんとこういう私は律儀な道徳家の優等生から遠くにいることだろう。
全体的に通して見られる同性愛の現実と、普通でありたいという仮面を被った私が同供している内面の葛藤、これらが入り乱れ、私という主人公が語り綴っているのだが、この小説は三島由紀夫が24歳の時に書いた半自伝的小説と言われる。確かにひ弱で頭でっかちな少年であったという。自分に最も足りない男性的な部分に惚れていたのかもしれないが、この小説を読む限り、我々、平凡な者が考えうる愛というものとは違っていて、到底、その領域に踏み込めない我々としては、理解しがたい倒錯した愛がある。それでいて三島由紀夫は仮面を被り続けていたとしたら、その後の三島由紀夫はどこまでが真実であったのだろうか。『仮面の告白』の後の三島由紀夫がボディービルや、ボクシング等で身体を鍛えていたという事実があり、所謂、肉体的コンプレックスから派生した同姓愛なのか、それともただ、男性の肉体美に憧れていたのか・・・・・・おそらく前者だろうとは思うが、天才的な人の感受性は、私には判りかねるというのが『仮面の告白』を読んでの率直な意見である。
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