2010.12.01 (Wed)
読まなくていいです
今日の内容は下らないから読まなくてもいいです。と云いつつも何時も内容は下らないのだけど・・・・・・・・。
今日は12月1日である。もう今年に入って11ヶ月が過ぎてしまった。12分の11が終わった。残りは僅か1ヶ月。ああ、今年もダラダラと馬齢を重ねてしまった。日常の流れに乗って、平凡かつ平凡の毎日であった。もっとも平凡の毎日ではあるが、その中でも色々とバイオリズムからいって良い日も悪い日もあった。ただ急激な浮き沈みが無かっただけでも平穏な年であったと思わないといけないだろうが、健康面で色々と悩んだ年でもある。来年は無病息災でいきたいものだが、だんだんと加齢してくると若いときのようにいかないのも当然である。
鼻は悪いし、肩は50肩で痛くて右手が上がらない。腰もいたいし膝も痛い。老眼だし、高血圧だし血糖値も高いし、慢性の不眠症だし、記憶力は低下したし、物忘れも酷くなったし、歩くのも遅くなったし、白髪も増えたし、禿にはなりそうも無いが・・・・・・・。歳をとるといいことはあまりない。1年は365日だが、分でいうと525600分である。秒でいうと31536000秒になる。この間、およそ4分の1ぐらいは寝てるだろうから(小生はもっと少ないが)、起きている時間で云うと、1年では23652000秒、起きていることになる。日にちでいうと365日だが、秒数でいうと23652000秒。これは長く感じるか、短く感じるか、人それぞれだが、物事に集中している時は3600秒(1時間)なんてあっという間だが、仕事で拘束されている時の時間の経過というのは本当に耐え難いほど長く感じられるものである。でも夜の中には、仕事中の時間の経過が早すぎて怖いという人もいる。こういった人は仕事自体が楽しいのだろう。本来は人間、このようにありたいものだが、悲しいかな大部分の人はメシのタネとして働いているに過ぎない。収入を得るために無為な労働を課せられているにすぎない。だから勤務中の時間の経過はおどろくほど遅い。酷い場合は10分毎に時計を見ているといった有様だ。それに比べると楽しい時の時間の経過は、その何倍も早い。でも人間、楽しい時ばかりだと、今度は飽きが来るから面白い。苦があって楽があるとすると、楽ばかりだと人間は大きくならないし、堕落してしまう。苦があってこその楽なのである。苦と楽が交互にあるから、メリハリがあって生きていても面白いものなのだ。
ただ苦と楽は若いときに出来る限り経験するほうがいい。年老いてくると楽も楽とは思わないようになるし、苦も同様である。青年大志を抱け・・・・・じゃないけども、感受性の強い間に出来る限りの経験を積むことは、その後の人生にとって大きな糧となる。これが50もなってから経験するのとは違ってくるのである。やはり若いものの特権である。だから小生も若返りたいものだが、所詮ははかない夢である。
このように何だかんだと下らないことを書き綴っている間にも、1000秒、2000秒を経過していくのだ。だkら人間として生まれてきた以上は時間を有効に使いたいものである。歳をとるごとにこのように思うのは、つまり若さへの僻みかもしれないなあ・・・・・・・・・・・。ここまで、この下らない記事におつきあいされた方、ご苦労さんです。でも暇人ですね・・・・失礼!
今日は12月1日である。もう今年に入って11ヶ月が過ぎてしまった。12分の11が終わった。残りは僅か1ヶ月。ああ、今年もダラダラと馬齢を重ねてしまった。日常の流れに乗って、平凡かつ平凡の毎日であった。もっとも平凡の毎日ではあるが、その中でも色々とバイオリズムからいって良い日も悪い日もあった。ただ急激な浮き沈みが無かっただけでも平穏な年であったと思わないといけないだろうが、健康面で色々と悩んだ年でもある。来年は無病息災でいきたいものだが、だんだんと加齢してくると若いときのようにいかないのも当然である。
鼻は悪いし、肩は50肩で痛くて右手が上がらない。腰もいたいし膝も痛い。老眼だし、高血圧だし血糖値も高いし、慢性の不眠症だし、記憶力は低下したし、物忘れも酷くなったし、歩くのも遅くなったし、白髪も増えたし、禿にはなりそうも無いが・・・・・・・。歳をとるといいことはあまりない。1年は365日だが、分でいうと525600分である。秒でいうと31536000秒になる。この間、およそ4分の1ぐらいは寝てるだろうから(小生はもっと少ないが)、起きている時間で云うと、1年では23652000秒、起きていることになる。日にちでいうと365日だが、秒数でいうと23652000秒。これは長く感じるか、短く感じるか、人それぞれだが、物事に集中している時は3600秒(1時間)なんてあっという間だが、仕事で拘束されている時の時間の経過というのは本当に耐え難いほど長く感じられるものである。でも夜の中には、仕事中の時間の経過が早すぎて怖いという人もいる。こういった人は仕事自体が楽しいのだろう。本来は人間、このようにありたいものだが、悲しいかな大部分の人はメシのタネとして働いているに過ぎない。収入を得るために無為な労働を課せられているにすぎない。だから勤務中の時間の経過はおどろくほど遅い。酷い場合は10分毎に時計を見ているといった有様だ。それに比べると楽しい時の時間の経過は、その何倍も早い。でも人間、楽しい時ばかりだと、今度は飽きが来るから面白い。苦があって楽があるとすると、楽ばかりだと人間は大きくならないし、堕落してしまう。苦があってこその楽なのである。苦と楽が交互にあるから、メリハリがあって生きていても面白いものなのだ。
ただ苦と楽は若いときに出来る限り経験するほうがいい。年老いてくると楽も楽とは思わないようになるし、苦も同様である。青年大志を抱け・・・・・じゃないけども、感受性の強い間に出来る限りの経験を積むことは、その後の人生にとって大きな糧となる。これが50もなってから経験するのとは違ってくるのである。やはり若いものの特権である。だから小生も若返りたいものだが、所詮ははかない夢である。
このように何だかんだと下らないことを書き綴っている間にも、1000秒、2000秒を経過していくのだ。だkら人間として生まれてきた以上は時間を有効に使いたいものである。歳をとるごとにこのように思うのは、つまり若さへの僻みかもしれないなあ・・・・・・・・・・・。ここまで、この下らない記事におつきあいされた方、ご苦労さんです。でも暇人ですね・・・・失礼!
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