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2010.10.02 (Sat)

ジャック・ルーシェ・・・・・『プレイ・バッハ Vol 1』を聴く

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 私が高校生の頃、何故か姉がジャズを聴いていた。喧しいハードロックは毛嫌いし、かといってフォークも好きではない。カントリーは嫌い。ラテンもノーグッド。シャンソンもごく一部の歌手しか聴かないし、クラシックもあまり聴かないし、かといって邦楽が大嫌いな姉のこと。それが或る日、当時、家にあったステレオプレーヤーでジャズのLPを聴いていたから驚いた。そういえば姉が大学生の頃、時々、ジャズ喫茶でコンボ演奏を聴いていたようなことは知っていた。でも家でLP盤を聴くほどのことはなかった。さて、それで何を姉が聴いていたかというと、ジャック・ルーシェ・トリオの『プレイ・バッハ』だった。どういうことかというとフランスのピアニストであるジャック・ルーシェがトリオを組んで音楽の父であるヨハン・セバスチャン・バッハの曲をジャズ風に演奏するというものであった。

 ジャック・ルーシェは1934年にフランスのアンジェで生まれた。10歳でピアノを習い始めた。ピアノを習う年齢としては遅い年齢であるが、バッハの音楽的な精神性、数学的な緻密さに影響を受けたといい、パリ音楽院に入学した頃まではクラシックのピアニストになる決意を持っていた。そんな中、バッハの曲をピアノで弾いている間に我慢が出来なくなったという。ハーモニーを変えたり、対旋律を創り出したりしていると次第に自身の作品が出来上がってしまったということだった。

 ジャック・ルーシェはパリ音楽院を卒業し、シャルル・アズナヴール等の伴奏を務めるなどフランス・ポピュラー音楽界に係わっていた。それが、その頃、モダン・クァルテットの存在を知り、モダン・ジャズに対する感性に火がついたのである。こうしてデッカ(レコード・レーベル)のオーディションに迎えられ、クラシックやジャズ、民謡等の色々なジャンルの曲を彼風にアレンジして弾いてみた。そして、最後に冗談のつもりでバッハを弾いたら聴いていた連中が皆、飛びあがったという。いわば、これがプレイ・バッハ誕生の瞬間であった。1959年、ジャック・ルーシェはフランスジャズ界では既に知れていた2人、ピエール・ミシェロ(ベース)、クリスチャン・ギャロ(ドラムス)に声をかけ、ジャック・ルーシェ・トリオが結成され、その結果、録音されたのが当アルバムである。

 当時から遊びでクラシックの曲をジャズ風に演奏していた人もいたが、これだけ大々的に採り上げたこともなく、全てバッハの曲をアレンジしてジャズ風に演奏している。曲は8曲あるが『平均律クラヴィーア曲集 第1巻』から前奏曲が4曲、フーガが3曲、そしてもう一曲は有名な『トッカータとフーガ ニ短調』が収められている。基本的にはメロディのラインを残しながらジャズのリズムで突っ走っている。バッハの生きていたバロック音楽の時代はアドリブ演奏が珍しくなかったというから、現在のジャズに共通するものがある。その後、クラシック音楽が古典派の時代になり、やがてロマン派へと受け継がれる過程で曲の構成が大掛かりとなり、即興演奏がだんだんと影を潜めるようになるのである。したがってプレイ・バッハといってもバロック音楽の時代に近い形でジャック・ルーシェはピアノを弾いているのかもしれない。

 結果として『プレイ・バッハ1』はジャズのアルバムとしては大ヒットした。rコード売り上げは2週間で6000枚に達し、2度目のプレスを行なって発売したが、それもすぐに売り切れてしまった。その頃のフランスのラジオ局が電波で『プレイ・バッハ』を流すようになったkら、余計に人気が出たのであるが、保守的な人の中には、あれはバッハではないといって突っぱねた。「バッハの音楽というのは書かれたとおりに演奏すべきであって、それ以外は認められない」というものだった。確かにそうなんだが、楽譜に書いてないことをバッハは即興で演奏してみせたこともあるから(モーツァルトは頻繁に即興演奏をやったというし)、強ち暴挙だともいえないのだが、クラシック音楽しか聴かない頭の固い人は許せない。バッハを愚弄していると考えたかも知れないのである。だが、一般大衆にプレイ・バッハは圧倒的に支持されたのである。

 その後もジャック・ルーシェ・トリオのプレイ・バッハ・シリーズは続き、今や世界中で認められ600万枚のアルバム売り上げがあり、3000回以上ものコンサートを行なった。こうしてクラシック音楽とジャズの融合が今では当たり前となったが、そのきっかけをつくったのがジャック・ルーシェである。つまりジャック・ルーシェのような自由な発想を持っていないとこういった音楽は生まれなかっただろう。最もクラシック音楽を聴く人の中には他の音楽を聴かない人も多いし、ポップスを聴く人はクラシックを聴かない人が多い。やはり良い音楽には垣根はない筈だ。いらない規制概念は捨ててもっと自由に音楽に接して欲しいものである。


 バッハの『平均律クラヴィーア曲集 第1巻~前奏曲第1番 ハ長調 BWV.846』の演奏。ジャック・ルーシェとジャズ・シンガーのボビー・マクファーリンの共演。バッハの曲はどんなアレンジをしても生き生きしている。

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