2011.01.13 (Thu)
森鴎外『青年』を読む
この小説は森鴎外が最初に書いた長編小説である。森鴎外という人は陸軍の軍医であったが、日露戦争から帰ってきてこの『青年』を書いている。森鴎外48歳の時の小説で長編第一作にしては『青年』なんていう熟年の小父さんが書く内容のタイトルでもないと思うが、読んでみると『青年』というタイトルと反して若くして書いたのではないことは一目瞭然として解る。ここには生きることへのテーゼを絶えず問いただしている。
主人公小泉純一は作家を志して東京にやってきた。中学時代は学校の授業以外に聖公会の宣教師のところへ行ってフランス語を勉強していて、小説家になりたいという決心だけは持っていた。純一は裕福な家庭で生まれ生活に困窮することはなかった。こうして東京は上野の初音町に下宿した。東京での生活は忙しかった。作家の大石路花に訪問したり、路花から始まって色々な人間と係り合いを持っていくようになる。もっとも彼を色々な人に合わせたのは中学の時の同級生であった瀬戸によるものである。瀬戸は美術学校に通っている。東京での純一は交際範囲が広がり、一番仲が良かったのは医科大生の大村で、大村から啓発的され彼と議論を交わす。さらに純一は3人の女性に心を惹かれ(お雪、おちゃら、坂井れい子夫人)、この中で坂井夫人に恋心を抱く。坂井夫人は高名な学者の未亡人である。坂井れい子未亡人は純一の住んでいるところからそれほど離れていないところに住んでいて、純一は観劇に行ったとき偶然にも坂井未亡人と会い知り合いになる。未亡人は純一にも関心を示してくれて、純一は未亡人に勧められ自宅までフランスの書籍を借りに行く。やがて会うごとに親しくなり、いつしか未亡人とも交渉を重ねるようになる。だんだんと純一の頭の中を坂井未亡人が支配するようになる。そんなある日、未亡人から正月を挟んだ数日間、箱根に来ないかと誘われる。純一は箱根に赴くが、そこで目にしたのは画家の岡村と一緒に歩いている坂井未亡人の姿だった。純一は衝撃を受け、未亡人に対する気持ちが失せていく。結果として、純一は未亡人もただの肉の塊だったと失望し、現実と理想とのギャップに隔たりを感じる。こうして何かが書けそうな気が湧いてきた純一は元日に東京へ戻り今こそ小説を書こうという気がしてくるのであった。
この物語の主人公純一は明治時代の青年である。今のように情報過多の時代ではなく、またバーチャルの世界で生きることのできる仮想現実の世界もない時代である。全てが人と人との係り合いを抜きにしては生きていけない時代、また係り合いの中から人間として成長していく時代であった。そんな時代にあって啓発され理想が理想を生み、頭の中も身体も何もかも真っ白けの純粋な青年が、やがて精神的、肉体的、世間的、人間的に全て成長していく様を描いたものである。小説の主題となるのはそういった成長過程での内面の展開であり、物語のあらすじよりも大きな意味を持つのである。
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