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2010.09.09 (Thu)

吉川英治の『私本太平記』を読む

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 この吉川英治の『私本太平記』を読んだのは20年以上も前のことである。かなりの部分を忘れているが、大方の粗筋は覚えているので、記事にしてみたまでであるが、そもそも『太平記』という書物が存在した。『太平記』は後醍醐天皇の即位から始まって、鎌倉幕府滅亡、建武の新政、そして崩壊、その後の南北朝の分裂、2代目将軍足利義詮の死去・・・・およそ50年間にわたる波乱の時代を綴った軍記物語なのである。それを吉川英治は彼流の解釈を加え、独自の筋書きを構築し、より面白い読み物として世に出した歴史小説である。

 東国は下野の国足利ノ庄の住、貞氏の次男・足利又太郎高氏は15で元服の折、治部大輔、従五位下いただいた。彼は足利家の祖廟で3代前の家時の置文を見て天下を望む志を抱いたのである。またそれだけの家柄であった。今でこそ落ちぶれているが、八幡太郎義家の子孫というだけでなく由緒ある血筋をひいていた。父・貞氏は後醍醐天皇の討幕の謀議に参画した科で捕らわれた忠円僧正を足利家に預かっていたため京都の情勢に明るかった。こうして足利又太郎高氏は天下の動向を俯瞰し北条氏に代わって天下を望んでいても不思議ではなかった。時も時、北条政権は歪が各所で噴出し瀕死の状況であった。ここで天皇復権をかけて後醍醐天皇が立ち上がるのだが、切なる願いに河内の豪族である楠正成は重い腰を上げる。さらには新田義貞、ついにはこの物語の主人公といってもよい足利高氏という風に・・・・・・。この長大な物語を今更、延々と語っていても意味がない。とにかく登場人物が多すぎる。それが敵味方、裏切り、謀反、色々と混ざり合って、読んでいるうちに判らなくなっていく。ざっと見渡した限りでも足利高氏、足利義詮、後醍醐天皇、護良親王、楠正成、楠正行、佐々木道誉、北畠親房、赤橋守時、新田義貞、北条時宗、北条高時、上杉憲房、日野資朝、菊池武時といった人物たちが現れては消える・・・・・まさに動乱の時代、南北朝という朝廷が2つに分かれるという日本史においても稀有な時代の話であって、それに絡んで来る登場人物が誰一人をとっても一癖あって、一人一人の人物像を語れるというものでもない。世が大局的な変革期であり、下克上の時代でもあり、まさに乱世の世である。

 ところで登場人物は限りなく多いが、主要な人物は足利高氏(後に足利尊氏と名乗る)、後醍醐天皇、楠正成、新田義貞の4人であろう。そんな中で吉川英治は敢えて足利高氏を中心に描いている。それがこの『私本太平記』の違うところである。昔の『太平記』はともかくとして、その後の歴史書によると足利高氏を絶賛するものはほとんどなく、戦前の皇国史観の時代にあっては足利尊氏は悪将軍、逆賊とされていた。私の母親などは戦前の教育を受けていたので、足利尊氏は悪といったイメージでしかないという。一方、後醍醐天皇の下で忠臣を誓った楠正成は善のイメージを植え付けられたともいう。これらは江戸時代の儒教的な君臣論から広まったとされるが、物事、それほど単純なものではない。太平洋戦争が終わって、戦前の皇国史観が音をたててガラガラと崩れ去り、物事の価値観が180度変わってしまった。そこで吉川英治はこの『私本太平記』を書いたのである。戦後も戦後、昭和33年から毎日新聞に連載され、氏が亡くなられる1962年の前年に連載が終わっている。

 でも戦前に逆賊扱いを受けた足利尊氏を最も中心的人物として描いたことは特筆されるべきことであり、この『私本太平記』を連載当時読んでいた人にとっては抵抗がなかったのだろうかという疑問が成り立つが、吉川英治は既に故人、今となっては何故に足利尊氏を中心に物語を展開したかは判らない。だが、戦前の皇国史観が如何にも偏向した教育であったかは現在、誰もが認めるところであり、その被害を被った人物の最たるのが足利尊氏であったといえよう。今となっては足利尊氏は室町幕府を開いた初代将軍として歴史の表舞台に必ず登場する人物である。でも時代が違い体制が違うというだけで歴史教育は改竄される恐れがあるのだ。また時代の流れによって歴史上の人物は再評価されたり評価が落ちたり様々である。でも、我々はその時代に生きていたのでもなく、実際にはどのような人物であったかは漠然としか判らない。要は書く人によって歴史書の人物評は二転三転してしまうということである。だから面白いのだが怖ろしくもある。
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