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2010.10.12 (Tue)

老眼鏡

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 最近、老眼が進み小さな活字がさっぱり読めない。もう新聞も電車の中においては裸眼では読めなくなった。何時から老眼を意識しだしたかというと10年以上、前のことである。読書しても目が疲れるし文字がぼやける時があった。それで眼鏡屋に行ってためしに眼鏡を合わせてもらったら文字がよく見えるではないか。正直言ってショックだった。40代前半で老眼が進行していたとは・・・・・・・。それ以来、小さな文字を読む時は老眼鏡をかけるようになったが、あまりかけすぎると老眼がより進行するので、出来る限りかけずにいて、本を読む時でも眼鏡を使用せずにいた。それが最近はさらに老眼が進行し、とうとう眼鏡無しでは本も読めなくなった。ああ情けない。そのせいか最近はさっぱり読書をしなくなった。というよりも眼鏡がないと読めないからなのだが、その眼鏡を何処に置いたのか忘れてしまい、せっかく買ってきた本も読まずに置きっぱなしということもしばしば。困ったものだが、そのたびに老眼鏡を買うので、とうとう手元に3つ、会社に2つある。

 若い頃、私の視力は1.5~2.0の間をウロウロしていたほど目は良かったのだが、40歳の頃に1.0を下回り、それ以降、老眼も進行したということである。でも老眼というのは30㎝あたりの距離において、小さな物が見えにくくなる場合が多いので、文字を読む以外はほとんどかけない。いや、かけると前方がぼやけて日常生活に異常をきたすから、近眼の人が眼鏡を離さずかけているというのとは違うのだ。

 加齢により水晶体の弾力性が失われ調節力が弱まり、近くの物に焦点を合わせることが出来なくなるのが老眼だから、1m離れると老眼鏡はかけないほうがいい。だから厄介なのである。そしていざ書類に目を通して書こうかと思うと眼鏡を忘れたということが多く、裸眼では見えないから老眼鏡は絶対に必要なのだが、普段はかけないからよく忘れるのである。

 でも最近は私の老眼も進み、度数がさらに強くなった。なので読書をしなくなった、出来なくなった。いや、困ったものである。どちらかというと私は映像世代ではなく活字世代である。テレビは見なくてもいいが、本は読みたいといった類に属するので、活字に飢えている。それが手元に眼鏡がないと読めなくなってきたから、最近は読書も億劫になってきた。

 先日、久々に姉が我が家を訪れた。相変わらずの読書狂いである。とにかく昔から文学少女で、中学の時に大概の日本文学全集、世界文学全集を読破してしまい、高校では片っ端から西洋のミステリーを読み漁り、大学では歴史文学、時代小説の類はほとんど読んだと言う。それが社会に出てからも続き、そこからは大衆小説、エッセイ、紀行文、哲学書、何でも読んでいたのでは・・・・・・・。結婚してからも続き、今でも近くの図書館で毎週、数冊の本を借りて読んでいるようだ。その姉が我が家に来ても相変わらず本を持参しているではないか。でも眼鏡をかけずに読書しているのを見て羨ましく思った。姉は今年、還暦を迎えたのに視力は未だに1.0だという。同じ血の繋がった姉弟なのに、この差はいったい何なのだ。私も目がよければ、今でも週に数冊の読書ペースを保っていたはずだ。それが出来なくなった自分に腹が立つ。そこで姉に尋ねると、文明の利器を使わないからだと言うではないか。そういえば姉は最近まで携帯電話を持っていなかった。でも主人との連絡用にと義兄の会社から仕方なく持たされたという。また未だにパソコンを操れない。夫は銀行員でオンラインの関係の作業をしているから、家にもパソコンが数台あるというのに、姉は使い方も知らないという。以前は姉の娘にメールを打ち込んでもらっていたというから、相当なОA機器オンチといってもいいだろう。

 ところが、このような携帯電話、パソコンといった機器の画面を見ることもなかったから目がいいのだと言い張る。そういえばそううかもしれない。それに姉はテレビを一切、観ない。それは私も同様だが、私以上にテレビを見ない。情報は全て新聞か雑誌。または情報誌。そらなら何のためにテレビを置いているのかというと、映画のDVDを観るためだという。レンタルでDVDを借りてきて、週に映画を3本は観てるという。それで最近の映画のことも詳しいのであろう。古い映画しか知らない私とは大違いである。

 いずれにしても姉と私とでは趣味や思考、嗜好が似ているようで、実はさっぱり似ていない。でもあやかりたいところはあるが、真似はしたくない。でも目は良くなりたいと思った次第である。
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