2008.06.15 (Sun)
今週の競馬の結果(エプソムC、CBC賞)
いよいよ今日で春競馬も終わり、来週からは夏競馬に入り、いよいよ2歳新馬のレースが始まる。それで春競馬の最後は東京でエプソムC、中京でCBC賞が行なわれた。それで今日は昨日の東京ハイジャンプと共に結果だけを記しておく。
6月14日の結果から。
東京ハイジャンプ(J-GⅡ・3歳以上、3300m、14頭)
1着テイエムエース 3分37秒1、2着キングジョイ 大差、3着オープンガーデン 2馬身1/2、4着ミヤビペルセウス 1馬身、5着テイエムトッパズレ 1馬身3/4。
6月15日の結果から。
東京 エプソムC(GⅢ・3歳以上、芝1800m、18頭)
1着サンライズマックス 1分45秒9、2着ヒカルオオゾラ 3/4、3着グラスボンバー ハナ、4着トウショウヴォイス クビ、5着マイネルキッツ クビ。
中京 CBC賞(GⅢ・3歳以上、芝1200m、18頭)
1着スリープレスナイト 1分08秒8、2着スピニングノアール 1馬身1/4、3着テイエムアクション 1馬身1/4、4着ウエスタンビーナス ハナ、5着カノヤザクラ アタマ。
6月14日の結果から。
東京ハイジャンプ(J-GⅡ・3歳以上、3300m、14頭)
1着テイエムエース 3分37秒1、2着キングジョイ 大差、3着オープンガーデン 2馬身1/2、4着ミヤビペルセウス 1馬身、5着テイエムトッパズレ 1馬身3/4。
6月15日の結果から。
東京 エプソムC(GⅢ・3歳以上、芝1800m、18頭)
1着サンライズマックス 1分45秒9、2着ヒカルオオゾラ 3/4、3着グラスボンバー ハナ、4着トウショウヴォイス クビ、5着マイネルキッツ クビ。
中京 CBC賞(GⅢ・3歳以上、芝1200m、18頭)
1着スリープレスナイト 1分08秒8、2着スピニングノアール 1馬身1/4、3着テイエムアクション 1馬身1/4、4着ウエスタンビーナス ハナ、5着カノヤザクラ アタマ。
2008.06.15 (Sun)
ジェファーソン・エアプレインを聴く
ジェーファーソン・エアプレインのアルバム『シュールリアスティック・ピロー』

1960年代前半、ビートルズ旋風が吹き荒れ、それによりイギリスのポップ及びロック・グループが大挙してミュージック・シーンに登場した。概してそれらはリバプール・サウンドと呼ばれ、必ずしもリバプール出身のグループばかりではないが、そのように呼ばれていた。それらはまたアメリカの若者に影響を与え、その後、続々とアメリカにも新世代のグループが1960年代中頃から登場してくるのであった。そんな中、アメリカの西海岸サンフランシスコでも、リバプール同様、グループが雨後の筍のように出現した。それらはイギリスのリバプール・サウンドに対してシスコ・サウンドとかサンフランシスコ・サウンドと形容されるのであった。
その頃の主なグループというとグレイトフル・デッド、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、モビー・グレイブ、スティーヴ・ミラー・バンド、ビッグ・ブラザース&ジ・ホールディング・カンパニー、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ・・・・・。そしてジェフーソン・エアプレインがいた。
1967年の初夏に大ヒットした曲があった。『あなただけを(Somebody To Love)』である。
When the truth is found to be lies
And all the joy within you dies
Don't you want somebody to love ?
Don't you need somebody to love ?
Wouldn't you love somebody to love ?
You better find somebody to love, love
イントロが無くパンチの効いた女性ヴォーカルの唄から曲が始まる。 女性ヴォーカリストのグレース・スリックの声がシャウトして、当時、とても新鮮に思えたものである。当時のジェファーソン・エアプレインのメンバーは、マーティン・ベイリン、ポール・カントナー、ジョーマ・ラドウィック・コーコネン、スペンサー・ドライデン、ジャック・キャサディ、グレース・スリックである。
ジェーファーソン・エアプレインは1965年にメンバーが集まり1966年にデビューしたが、当初はさほど有名では無かった。それがオリジナル・メンバーであったシグニ・トリー・アンダーソンに代わり、グレース・スリックが入ったことで音楽に幅が出来、1967年に2枚目のアルバム『シュールリアスティック・ピロー』をリリースしたことにより、挿入曲『Somebody To Love』『White Rabbit』の2曲がヒットしたのである。これにより1967年8月、アルバム『シュールリアスティック・ピロー』は、アルバム売り上げでビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に次いで第2位になり、RIAA公認のミリオン・ダラーLPとなり、ジェファーソン・エアプレインはトップグループとして飛翔するのであった。
その後、ジェファーソン・エアプレインは1967年のモンタレー・ポップ・フェスティバルに出演し全米に名を轟かせ、やがてサイケデリック・ロックと言われる音楽一派の旗頭のような存在であった。さらに当時は泥沼化するベトナム戦争の真っ只中の時代である。またジェファーソン・エアプレインは、反体制メッセンジャーの代弁者としてのグループとして存在性を増し、グループの頂点を迎えるが、1972年にグループが解散してしまう。
しかし新たにメンバーの一部が代わりジェファーソン・スターシップとして活動する。でも現在でも存在するジェファーソン・スターシップというのは解散と再結成を数度繰り返しメンバーも随分と入れ代わっている。もはやサンフランシスコ・サウンドだとかサイケデリック・サウンドだとかいわれ一世を風靡したジェファーソン・エアプレインとは似て非なるものといった趣がある。
『White Rabbit』『あなただけを(Somebody to Love)』を唄うグレース・スリックとジェファーソン・エアプレイン。
モンタレー・ポップ・フェスティバルに出演した時のジェファーソン・エアプレイン。

1960年代前半、ビートルズ旋風が吹き荒れ、それによりイギリスのポップ及びロック・グループが大挙してミュージック・シーンに登場した。概してそれらはリバプール・サウンドと呼ばれ、必ずしもリバプール出身のグループばかりではないが、そのように呼ばれていた。それらはまたアメリカの若者に影響を与え、その後、続々とアメリカにも新世代のグループが1960年代中頃から登場してくるのであった。そんな中、アメリカの西海岸サンフランシスコでも、リバプール同様、グループが雨後の筍のように出現した。それらはイギリスのリバプール・サウンドに対してシスコ・サウンドとかサンフランシスコ・サウンドと形容されるのであった。
その頃の主なグループというとグレイトフル・デッド、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス、モビー・グレイブ、スティーヴ・ミラー・バンド、ビッグ・ブラザース&ジ・ホールディング・カンパニー、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ・・・・・。そしてジェフーソン・エアプレインがいた。
1967年の初夏に大ヒットした曲があった。『あなただけを(Somebody To Love)』である。
When the truth is found to be lies
And all the joy within you dies
Don't you want somebody to love ?
Don't you need somebody to love ?
Wouldn't you love somebody to love ?
You better find somebody to love, love
イントロが無くパンチの効いた女性ヴォーカルの唄から曲が始まる。 女性ヴォーカリストのグレース・スリックの声がシャウトして、当時、とても新鮮に思えたものである。当時のジェファーソン・エアプレインのメンバーは、マーティン・ベイリン、ポール・カントナー、ジョーマ・ラドウィック・コーコネン、スペンサー・ドライデン、ジャック・キャサディ、グレース・スリックである。
ジェーファーソン・エアプレインは1965年にメンバーが集まり1966年にデビューしたが、当初はさほど有名では無かった。それがオリジナル・メンバーであったシグニ・トリー・アンダーソンに代わり、グレース・スリックが入ったことで音楽に幅が出来、1967年に2枚目のアルバム『シュールリアスティック・ピロー』をリリースしたことにより、挿入曲『Somebody To Love』『White Rabbit』の2曲がヒットしたのである。これにより1967年8月、アルバム『シュールリアスティック・ピロー』は、アルバム売り上げでビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に次いで第2位になり、RIAA公認のミリオン・ダラーLPとなり、ジェファーソン・エアプレインはトップグループとして飛翔するのであった。
その後、ジェファーソン・エアプレインは1967年のモンタレー・ポップ・フェスティバルに出演し全米に名を轟かせ、やがてサイケデリック・ロックと言われる音楽一派の旗頭のような存在であった。さらに当時は泥沼化するベトナム戦争の真っ只中の時代である。またジェファーソン・エアプレインは、反体制メッセンジャーの代弁者としてのグループとして存在性を増し、グループの頂点を迎えるが、1972年にグループが解散してしまう。
しかし新たにメンバーの一部が代わりジェファーソン・スターシップとして活動する。でも現在でも存在するジェファーソン・スターシップというのは解散と再結成を数度繰り返しメンバーも随分と入れ代わっている。もはやサンフランシスコ・サウンドだとかサイケデリック・サウンドだとかいわれ一世を風靡したジェファーソン・エアプレインとは似て非なるものといった趣がある。
『White Rabbit』『あなただけを(Somebody to Love)』を唄うグレース・スリックとジェファーソン・エアプレイン。
モンタレー・ポップ・フェスティバルに出演した時のジェファーソン・エアプレイン。
| BLOGTOP |