2008.01.22 (Tue)
古典文学を読む・・・・・トルストイ『復活』

こんな唄をご存知だろうか。
"カチューシャ可愛や 別れのつらさ
せめて淡雪 とけぬ間に
神に願を かけましょか"
これは『カチューシャの唄』という。大正時代に流行った歌謡曲で、松井須磨子が唄ったものだ。大正時代、芸術座の島村抱月によって舞台化されたトルストイの『復活』で、カチューシャを演じた松井須磨子が劇中に唄って評判になった曲である。また、この時に松井須磨子が頭にしていたC型のヘアーバンドをカチューシャと呼ぶようになったのは、この時からである。
それで、トルストイの『復活』とはどんな話なのかというと・・・・ネフリュードフ公爵が、或る日、陪審員として地方裁判所の法廷に出ることとなった。その裁判は殺人強盗事件である。売春婦が客に毒を盛って殺した上に、金と指輪を盗んだという。陪審員席のネフリュードフは、被告の顔を見て、名前を聞いて愕然とした。被告の女は、かつてネフリュードフが伯母の屋敷に遊びに行った際、誘惑して弄び、金を与えて棄ててしまった小間使いの女カチューシャだったのである。ネフリュードフはカチューシャが、とうとう売春婦にまで堕落して落ちぶれてしまったことに対して、自責の念に囚われだす。
カチューシャは無実だったのだが、法廷の手続きのミスで懲役4年が確定。その結果、シベリヤ送りとなってしまった。ネフリュードフは自分のために女一人が崩れ去ったことに深い罪の意識を感じ始め、どうにかしてでも彼女を救わねばならないと決意し、刑務所にカチューシャを訪ねて恩赦を求めて奔走した。それでも刑を逃れることは出来ず、カチューシャは囚人隊に加わってシベリヤに向う。ネフリュードフは貴族の生活を棄てて、カチューシャのあとを追うようにシベリヤへ行く。
シベリヤで判決取り消しの特赦が下りることとなり、ネフリュードフはカチューシャを訪れる。カチューシャは自由の身となっていた。ネフリュードフはカチューシャと晴れて結婚するつもりでいた。なのにカチューシャは、囚人隊で知り合った政治犯シモンソンと結婚することを決意し、ネフリュードフにに許しを被る。ネフリュードフは複雑な気持ちで祝福した。そして、カチューシャはシモンソンとさらに遠い旅へと出発するのだった。
この『復活』は、日本で特に人気があって、トルストイの代表作のように思われている。でも実のところ、トルストイの代表作といえば大作『戦争と平和』で、『復活』を意識することは今日では余りない。けども日本ではメロドラマ風の『カチューシャ物語』として語られることが多く、人気ある作品でありトルストイの代表作と思われていた。
はたして、この作品は言われるところのメロドラマであろうか。違うと思う。トルストイは文明批評に長けた人物である。単なるメロドラマでは片付けられない風刺、皮肉、批判が込められていることは、けだし確かなことである。そして、トルストイがこの作品を書くまでに至らせしめた目的というものは、当時の帝政ロシアにおける偽善的で世俗的な権威に対する当てこすりではなかったかと思える。
当時のロシアにおける権威的なもの、官庁、元老院、裁判所、刑務所、教会、大地主等・・・これらの仮面を剥ぎ取り、権威主義への痛烈な罵倒、及び上流階級と下層階級の間に潜む不条理、すべてにおいて体制批判を行っていたのである。つまりトルストイはメロドラマという形をとりながらも、帝政ロシア社会の矛盾に満ちた世界を、彼特有の方法で強烈にシニカルに痛罵するのを意図として書かれた作品なのである。従いまして、カチューシャ可愛や 別れのつらさ~なんて唄で知られる『カチューシャ物語』に代表される恋愛物語なんかでは、けしてないということを申し上げたいのである。
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