2008.01.19 (Sat)
大阪城に行く
大阪城内に来るのは、1年ぶりである。でも去年は、それこそ何10年ぶりかというほど、久々の来訪だったことを考えれば、滅多に来ない大阪城である。
この写真は南外堀から見た大阪城の石垣である。六番櫓だけが残っている。

大阪城の西側の入り口、大手門から入る。

大手門から入り、多門櫓を抜けると内堀が姿を現す。西側の内堀は空堀である。でも天下の巨城だけあって石垣は堆い。しかし、現存している石垣や本丸は、全て徳川が再建した大阪城であって、この本丸の下に豊臣時代の大阪城は眠っている。

本丸の入り口にある巨石・蛸石・・・瀬戸内海の犬島から運んだという130トンの巨大な岩だが、どうやってここまで運んだのだろうか・・・見てみたい。

本丸に入ると、天守閣が聳えている。大阪城の天守閣は1615年の大阪夏の陣で落城したが、その後、徳川が再建した。・・・・・豊臣秀吉の建てた天守閣は、漆黒の天守閣であったとされるが(?)、立っていた場所も違っているし、本丸自体の構造も形も違っていた。

徳川が再建した天守閣であるが、1665年の落雷によって焼失し、その後、二世紀半に亘って天守閣の姿のない城であったが、1931年に大阪市民の募金150万円で再興された。以降、天守閣を再興させるモデルケースとなる。現在の天守閣は鉄筋コンクリート製で、エレベーターがあり、中は博物館となっている。

昨年も大阪城には来ているが、天守閣に登るのは、それこそ何十年ぶりだろうか・・・。小学校に入った頃に親父と来たことがあるが、それ以降は、学生の頃に一度、登ったきりである。天守閣に登ると最上階からは大阪市内を眺望できるようになっているが、最近は天守閣よりもビルの方が高いので、あまり見晴らしがいいことはない。この写真は、大阪駅から西梅田方面を望んだもので、空中庭園のある梅田スカイ・ビルが右端の奥に見えている。後背の山は六甲山系である。

先ほどの写真から右によると、阪急グランド・ビルとHEPファイブの観覧車が目に入る。

こちらは北浜、中之島方面である。

場所を移動して京橋方面を眺める。映画『ゴジラ対ビオランテ』でゴジラが壊したビルの数々が屹立している。

こちらは大阪城ホール。上から見ると亀の甲羅みたいだ。

こちらは西の方角。正面に古い大阪府庁がある。老朽化していて、雨漏りもするというが財政難で建て替えも出来ないという。東京都庁とは月とスッポンほどの違いがあるが、建物自体は風格がある。でも後背のビルの方がどうしても目立ってしまう。

南西方面を望むと、ビルの間に京セラドーム(旧大阪ドーム)も見える。

南の方角に目を向けると、通天閣が寂しく立っている。大阪の新世界付近は高い建造物が少ないので、目立ってはいるが高さはたったの103m。今時で言うならば超高層マンションよりも低い。あと何年かすると、この近くの阿倍野に高さ300mの近鉄ビルが建設される。こうなると通天閣は骨董品扱いになってしまいそうだ。

天守閣を別の角度から撮りました。

最後にもう一枚。北の方角から眺めた天守閣。ところで大阪城は、やたら韓国からの観光客が多かった。この人たち、豊臣秀吉に嫌悪感を持ってないのだろうか。朝鮮出征という意味のないことをやろうとした秀吉である。本当にどう思っているのか気になった。

この写真は南外堀から見た大阪城の石垣である。六番櫓だけが残っている。

大阪城の西側の入り口、大手門から入る。

大手門から入り、多門櫓を抜けると内堀が姿を現す。西側の内堀は空堀である。でも天下の巨城だけあって石垣は堆い。しかし、現存している石垣や本丸は、全て徳川が再建した大阪城であって、この本丸の下に豊臣時代の大阪城は眠っている。

本丸の入り口にある巨石・蛸石・・・瀬戸内海の犬島から運んだという130トンの巨大な岩だが、どうやってここまで運んだのだろうか・・・見てみたい。

本丸に入ると、天守閣が聳えている。大阪城の天守閣は1615年の大阪夏の陣で落城したが、その後、徳川が再建した。・・・・・豊臣秀吉の建てた天守閣は、漆黒の天守閣であったとされるが(?)、立っていた場所も違っているし、本丸自体の構造も形も違っていた。

徳川が再建した天守閣であるが、1665年の落雷によって焼失し、その後、二世紀半に亘って天守閣の姿のない城であったが、1931年に大阪市民の募金150万円で再興された。以降、天守閣を再興させるモデルケースとなる。現在の天守閣は鉄筋コンクリート製で、エレベーターがあり、中は博物館となっている。

昨年も大阪城には来ているが、天守閣に登るのは、それこそ何十年ぶりだろうか・・・。小学校に入った頃に親父と来たことがあるが、それ以降は、学生の頃に一度、登ったきりである。天守閣に登ると最上階からは大阪市内を眺望できるようになっているが、最近は天守閣よりもビルの方が高いので、あまり見晴らしがいいことはない。この写真は、大阪駅から西梅田方面を望んだもので、空中庭園のある梅田スカイ・ビルが右端の奥に見えている。後背の山は六甲山系である。

先ほどの写真から右によると、阪急グランド・ビルとHEPファイブの観覧車が目に入る。

こちらは北浜、中之島方面である。

場所を移動して京橋方面を眺める。映画『ゴジラ対ビオランテ』でゴジラが壊したビルの数々が屹立している。

こちらは大阪城ホール。上から見ると亀の甲羅みたいだ。

こちらは西の方角。正面に古い大阪府庁がある。老朽化していて、雨漏りもするというが財政難で建て替えも出来ないという。東京都庁とは月とスッポンほどの違いがあるが、建物自体は風格がある。でも後背のビルの方がどうしても目立ってしまう。

南西方面を望むと、ビルの間に京セラドーム(旧大阪ドーム)も見える。

南の方角に目を向けると、通天閣が寂しく立っている。大阪の新世界付近は高い建造物が少ないので、目立ってはいるが高さはたったの103m。今時で言うならば超高層マンションよりも低い。あと何年かすると、この近くの阿倍野に高さ300mの近鉄ビルが建設される。こうなると通天閣は骨董品扱いになってしまいそうだ。

天守閣を別の角度から撮りました。

最後にもう一枚。北の方角から眺めた天守閣。ところで大阪城は、やたら韓国からの観光客が多かった。この人たち、豊臣秀吉に嫌悪感を持ってないのだろうか。朝鮮出征という意味のないことをやろうとした秀吉である。本当にどう思っているのか気になった。

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